1989年から1998年にかけて小出版社から雑誌連載やコミックブックとして発表され、1999年に単行本化された。アイズナー賞複数部門など多くの受賞がある。2001年には同題で映画化された。日本語版は2009年にみすず書房から刊行された。 物語本編は全14章およびプロローグ・エピローグで構成されている。単行本の補遺Iはそれらの注解である。補遺II「カモメ捕りのダンス」は24ページの独立した漫画作品で、切り裂きジャック現象についての考察が描かれている[3]。 1884年、ロンドン。クラレンス公爵アルバート・ヴィクター王子は庶人を装って貧困地区イーストエンドに出入りし、結婚して子まで儲けていた。王子の祖母ヴィクトリア女王は事態に気づくと、相手の女を精神病院に幽閉し[4]、王室付きの医師ウィリアム・ガル博士に命じて正気を失わせる[5]。醜聞は露見を免れたかに見えたが、赤ん坊を世話していた売春婦メアリー・ケリーが父親の出自を察し、3人の同業者とともに恐喝を企む[6]。ヴィクトリア女王は女たちを排除すべく、再びガルに密命を下す[7]。 ガルは幼いころから崇高な使命に身を捧げる望みを持っており、卓越した医師・フリーメイソンの高位者として女王の信任を得るまでになってなお飽き足りないものを感じていた。しかし老境に至って、発作で意識朦朧とする中でフリーメイソンの神格「ヤー・ブル・オン
作品内容
あらすじ
ガルは売春婦の巣窟ホワイトチャペルで女たちを惨殺していく[8]。新聞社が名づけた「切り裂きジャック」による凶行はロンドン全体を恐怖に陥れ、女王やフリーメイソンもガルの暴走を憂慮し始める。殺人を繰り返すガルは現実とも妄想ともつかない超常現象に遭遇し[9]、異なる時代の事物を垣間見る[10]。ガルは心神耗弱に陥りつつあるネトリーを「地獄の出口はその最深奥にある」と説きつける[11]。
最後の殺人によって「大いなる業」は絶頂を迎える。一種の乖離状態で死体を解体するガルの前に異なる時代のヴィジョンが現れては消える。不意にガルは未来のロンドンにいる自分に気付き、高揚とともに己の儀式が20世紀の在りようを定めたことを悟る。しかし、OA機器が並ぶオフィスで生気なく仕事に勤しむ人間たちはガルに目をくれようとしない。苦痛と恐怖に満ちた歴史を失認する未来人をガルは言葉の限りに罵り、慨嘆し、無残な姿となった遺体を抱擁する。やがて奇跡は過ぎ去り、ガルはネトリーに仕事の終わりを告げる[12]。
霊能者を自称して女王に取り入ったロバート・リーズ(英語版)はガルに個人的な恨みを持っていた。リーズはガルに殺人の汚名を着せようと考え、捜査に当たっていたフレデリック・アバーライン警部に犯人の正体を霊視したと告げる。アバーラインとリーズに面会したガルはもはや保身など頭になく、即座に罪を認めて二人を驚愕させる。しかしフリーメイソンの影響下にあるスコットランドヤードは報告を握り潰す[13]。ガルはフリーメイソンの審問会に引き出され、列席者を愚弄して己の業を誇ったため精神病院に送られることになる[13]。
数年が経ち、独房で死に瀕したガルは束の間の神秘体験を迎える。ガルの霊体は黒い波紋となって歴史構造の隅々まで広がっていき、その存在を感知した各時代の幻視者、芸術家、シリアルキラーらに霊感を与えていく。神々の座に向かって上昇を続けるガルは、最後の瞬間、アイルランドで暮らす一人の母親になぜか引き付けられる。殺された犠牲者の名を娘たちに与えた女は、偶然に助けられてガルの手を逃れた娼婦の一人なのかもしれない。女はガルの霊魂を見返し、「地獄に戻れ」と吐き捨てる[14]。
1923年。アバーラインは事件の裏に王室の意思があったことを突き止めたが、リーズとともに沈黙を保ち[15]、潤沢な恩給を受けながら生き永らえていた。老人たちは真犯人に偽装されて殺されたモンタギュー・ドルーイット(英語版)の墓を弔い、さらに浜辺で語り合う。暗い記憶を共有する二人は、新しい世紀に待ち受ける騒乱を感じ取っている[3][16]。