翻訳者柳下毅一郎は「ウィリアム・ガル博士の魔術行為が示される二章、第四章と第十四章」が本書の白眉だと述べた[32]。第4章において、ガルは馬車でロンドンを一周しながら、無学な御者ネトリーに歴史的な建造物の由来を語って聞かせる。過去の時代に視点が移ることもなく[33]、石造りの建築を背景にした会話シーンが30ページ以上続く単調な構成はストーリー漫画として異色であり[34]、作者たちも成否を危ぶむほどだった[35]。しかし、実在のランドマークと饒舌な引喩によってオカルト的歴史観が展開されるこの章は、作品の重要な一部[36]、「最も効果的な章の一つ」[37]、「(物語の)最初の頂点」[38]と評されている。ミステリ評論家千街晶之は「偏執狂的なまでの史実へのリサーチからオカルティックな幻視を騙し絵的に浮かび上がらせる技巧」が本作の「真骨頂」だと呼んだ[39]。
ガルが読み解く歴史の根幹には、男性=太陽=理性が女性=月=狂気に取って代わる「原初の陰謀」がある[37]。先史時代に800万年にわたって女性が占めてきた支配的地位は、6000年前に男性が象徴という武器を手にしたことで覆ったのだという[40][41]。「象徴によって男性は女性を引きずりおろし、象徴によって押さえこんだ。何と強力な魔法だろうか![41]」象徴的な戦いの一例として、月の女神ディアーナへの信仰がキリスト教や、イギリスの民間伝承に見られる狩人ハーンに置き換えられたことが挙げられる[37]。ガルの売春婦殺害も、出産の神秘に支えられた女性の権威を失墜させて男性の力を再確認するという、古代から続く生贄儀式の一種である[37]。ガルはロンドンの各地に眠る歴史を掘り起こすことで、国家の安定の名のもとに犠牲にされてきた異教の力にアクセスするのと同時に、暴力による支配を維持しようと試みる。作者ムーアはこれらの発想をイアン・シンクレア
(英語版)の著作『ルッドの熱[† 1]』(1975年)や『ホワイトチャペル、緋の痕跡[† 2]』(1987年)[42]、およびロバート・グレーヴスから示唆されたという[43]。