フジテレビジョン
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2丁目4番8号[1]
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度37分36.04秒 東経139度46分27.47秒 / 北緯35.6266778度 東経139.7742972度 / 35.6266778; 139.7742972座標: 北緯35度37分36.04秒 東経139度46分27.47秒 / 北緯35.6266778度 東経139.7742972度 / 35.6266778; 139.7742972
演奏所#スタジオを参照
リモコンキーID8
デジタル親局東京 21[注釈 2]ch
アナログ親局東京 8ch
ガイドチャンネル8ch
主なデジタル中継局主な中継局(デジタル)参照
主なアナログ中継局主な中継局(アナログ)参照
公式サイトwww.fujitv.co.jp
特記事項:
開局は在京キー局としては4番目で、毎日放送(大阪・JOOR-TV)、九州朝日放送(福岡・JOIF-TV)と同日。
また、大東諸島も、アナログ時代は放送区域に含まれていた。
2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。
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フジテレビ

お台場のテレビ局フジテレビ
基本情報
略称(愛称)CX、フジ
運営(番組供給)事業者株式会社
フジテレビジョン
ジャンル地デジ難視対策
衛星放送

放送内容地上デジタル放送
サイマル放送
(マルチ編成の場合は主番組のみ)
衛星基幹放送(BSデジタル放送)
放送事業者社団法人
デジタル放送
推進協会

チャンネル番号Ch.298
物理チャンネルBS-17ch
放送開始2010年3月11日
放送終了2015年3月31日終了
公式サイト
特記事項:
地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。
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在京キー局としては4番目に開局したテレビ局で、産経新聞社ニッポン放送などにより構成されるフジサンケイグループの一員である。旧法人(現・フジ・メディア・ホールディングス)はフジサンケイグループの中核企業であり、事業持株会社となっていたが、現行会社はフジテレビグループの中核企業として扱われている[4]

各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワーク (FNS:Fuji Network System) と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク (FNN:Fuji News Network) を組織している。FNN(ニュース)の取材対象地域には、青森県山梨県が含まれる[注釈 3]

地上波放送の他にスカパー!プレミアムサービス(東経124・128度CS放送)、および衛星基幹放送事業者であるサテライト・サービスを通じてスカパー!(旧・スカパー!e2)(東経110度CS放送)で、フジテレビONEフジテレビTWOフジテレビNEXTの3つのチャンネル(フジテレビワンツーネクスト)を放送していて、一部のケーブルテレビ事業者へもこれらのチャンネルの供給を行っている。

2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立[注釈 4]した新会社たる「株式会社フジテレビジョン」(現行会社)に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。
略称について

略称は、開局から現在に至るまで正式に定められたことがなく[注釈 5]、後述の通りコールサイン「JOCX-DTV」(東京 21ch)から一般的に用いられるCX(シーエックス)が用いられている。

略称は開局当初、「FTV」が用いられた。しかし正式な略称として定めておらず、後に開局した系列局の福島テレビ[注釈 6]が「FTV」を正式な略称として使用するようになった。以後、コールサインから「CX」の略称が用いられている。これも正式な略称として定められたものではないが、次第にその略称を頻用する[注釈 7]ようになり、現在に至る。

社名の由来は諸説あるが、代表的なものとして、開局にあたり創業者の1人で当時専務取締役だった鹿内信隆が、「庶民に愛されなくてはならない。ポピュラーなものでなくてはならない。日本でポピュラーと言えば、富士だから、仮に富士テレビでどうだろうか」と提案の上で、社名を当初予定していた「(仮称)中央テレビジョン」[注釈 8]から「富士テレビジョン」に改めた。しかし、漢字の「富士」は画数が多く、「フジテレビジョン」に変更された、というものがある。
沿革

1957年

7月8日 - 予備免許を受ける。

11月18日 - 文化放送とニッポン放送を主体とし、
東宝松竹大映映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立(「富士テレビ」に決定される前は「中央テレビジョン[注釈 9]」で仮決定されていた)。


1958年12月 - 商号を株式会社フジテレビジョンに変更。

1959年

1月9日 - 本免許を受ける。

2月8日 - 試験放送を始める。

3月1日 - 午前9時20分から地上アナログテレビジョン放送の本放送を東京都で4番目のテレビ局として開始(JOCX-TV/東京8ch)。最初の番組は『開局に際して』(水野成夫社長の挨拶)。開局は大阪・毎日放送テレビ(MBS・JOOR-TV/大阪4ch)と福岡・九州朝日放送テレビ(KBC・JOIF-TV/福岡1ch)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに1本化する。

6月1日 - 東名阪福の基幹4局(フジテレビ・東海テレビ(THK)・関西テレビ・九州朝日放送)でネットワーク協力体制に調印する。これが後のフジネットワーク(FNS)の基礎となる。


1960年1月17日 - 本局の送信出力を映像50kW、音声12.5kWに増力する。

1964年

9月3日 - 東京オリンピックの開催を控え、カラー試験放送を開始(東京地区では3番目)。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組[5]

9月7日 - カラー本放送を開始。カラー本放送番組第1弾は、この日から始まった19時からの30分の新番組、イギリスの特撮人形劇『海底大戦争 スティングレイ』。更に、同日のこの番組から、電電公社のマイクロネット回線を使った、カラー番組の同時ネットの送り出しを開始[注釈 10][6]

10月1日 - 福岡地区のネット局が九州朝日放送からテレビ西日本(TNC)に変更され、フジテレビ・東海テレビ・関西テレビ・テレビ西日本の4社によるネットワーク協力体制が確立する。


1966年10月3日 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。

1967年

2月11日 - 自社制作に於いて初のスタジオカラーカメラ実写・カラーVTR使用による番組が放送される。第1弾は、クイズ番組『ズバリ!当てましょう』で、同番組カラー放送第1回にちなんで、『カラーで当てましょう』という題が付けられた[注釈 11]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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