フォークソング
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デビュー時に"フォーク歌手"と呼ばれ、自作の歌でその後の音楽界に大きな影響を与えた吉田拓郎[出典 23]、1960年代の広島でのアマチュア時代にはロックバンドR&Bバンド)を組んでおり[出典 24]、フォークソングのみならず、多様な音楽ジャンルからの影響が知られており[出典 25][注釈 1]、また井上陽水ビートルズマニアとして知られ[出典 27]、ボブ・ディランを本格的に聴いたのはプロデビュー以降に小室等に薦められたからで[出典 28]泉谷しげるに至っては「もともとローリング・ストーンズに憧れて音楽を始めて、機材が要らないし、儲かりそうだとフォークを始めた」と話している[56]加川良も「リバプールサウンドが好きで、学生時代はずっとロックバンドのボーカルをやっていた」と[57]なぎらけんいちは「フォークを選んだのは、ただ単にエレキギターが買えなかったこと。それにアンプも高かったから」と述べている[57]。また忌野清志郎も初めて組んだバンド「Clover」で「本当はエレキのバンドをやりたかったんだけど、フォークソングも流行ってたし、楽器の関係もあって、手軽なフォークをやった」と述べている[58]。一般的にフォークシンガーのカテゴリーに入れられることの多い人の中には、音楽的バックボーンにロックやR&Bを持つ人も多い[57]1970年代以降の「フォーク」は他の音楽ジャンルを融合した音楽といえる[59]

日本の流行歌史を辿っていくと、いつの時代にも洋楽を新たな形で取り組むことで、新しい表現が生まれてきたという面があり[出典 29]、フォークソングも同様である[出典 30]。1960年代前半には知る人ぞ知るある種のサブカルチャー的な存在だったフォークソングが[35]、1970年代にはレコードの売上げを始めとして日本のポピュラー音楽史上で避けて通ることの出来ないほど、メインカルチャーにまで登りつめたことは特筆すべきトピックといえる[出典 31]
源流

日本のフォークソングの起点をどこに定めるかは難しい[出典 32]。日本のフォークソングの源流は、1950年代に起こった日本のうたごえ運動に、1959年以降に商業的な色合いと様式を身にまとい[出典 33]、海外のヒットソングとして日本に上陸してきたキングストン・トリオ[64]ブラザーズ・フォアピーター・ポール&マリー(PPM)らを合体したものが「日本版フォークソングの誕生」という見方が多い[出典 34]小室等は「1950年代の終わり中学のとき、キングストン・トリオの『トム・ドゥリー』を聞いた。それはフォークソングとして耳にしたのではなく、デル・シャノンコニー・フランシスらのアメリカのポップスのチャートに上がってきたヒット曲の1つとして聞いた」と証言している[68]田家秀樹は「1959年にビルボードNo.1ヒットを記録した『トム・ドゥリー』が日本に紹介され、それまでの日本の歌謡曲とは全く違う新しい音楽として影響を与えるところから日本のフォークソングは始まっている」と論じている[69]。1959年以降に当時のラジオから日本に入ってきたカントリー&ウエスタンを学生たちがコピーしていたら、「アコースティックギターの音は似てるんだけど何か違う、これはいったい何だ?」と気付いた者がいて[63]、当時の先端をいっていた学生たちが、アメリカの音楽雑誌を取り寄せて「どうやらこれはフォークソングというらしい」と気付いたというのが、日本で「フォークソング」という言葉が入ってきた始まりという説もある[63]。これらの話から日本では明治時代に「folk music」を「民謡」と訳して以降、「フォークソング」という言葉は全く認知されずにこの時代まで来たと想像される[70]。それでフォークソングはかっこいいとなり、日本で多くのフォークソンググループが出来たといわれる[63]。覚えやすく歌いやすいフォークソング、コピーが流行り、フォークギターもよく売れた[9]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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