フォークソング
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1960年代に入ると、フォークは商業的な色合いを身にまとい[出典 15]、「海外のヒットソング」として日本に上陸してきた[出典 16]。キングストン・トリオ、ニュー・クリスティ・ミンストレルズ(英語版)、ブラザーズ・フォアピーター・ポール&マリー(PPM)らで[19]、これが日本でカレッジ・フォークブームの火付け役となっていく[出典 17]。キングストン・トリオは1961年1月初来日[20]。1962年4月にはブラザーズ・フォアが[20]、1963年10月にはピート・シーガーが初来日している[20]。以降もハイウェイメン(英語版)、ピーター・ポール&マリー[21]、ニュー・クリスティ・ミンストレルズ、ブラザーズ・フォア、CSN&Y、フィル・オクス(英語版)など多くのアーティストが登場した。
他ジャンルへの影響

1960年代半ばから発展したフォークロックも、この現象の中で進化していった。最初のフォークリバイバルは大衆音楽に大きな影響を与えた。また20世紀後半の「セカンドフォークリバイバル」は、コンサート、レコーディング、放送を通じてアーティストに新しいジャンルのポピュラーミュージックをもたらした。

1970年代、他のグループはこのロック的アプローチを採用した。イギリスのルネッサンスのようなグループは、プログレッシブ・ロックのグループながら、フォーク・ソング的な曲も発表している。
1970年代以降

1970年代以降、アメリカのフォークミュージックはスティーヴ・グッドマン、ジョン・プライン、エミルー・ハリス、ハリー・チェイピンなどの新しいシンガーソングライターによって支えられた。イギリスのルネッサンスはプログレとフォークを融合したロックを演奏した。1980年代初頭のザ・ポーグスと1990年代のアイルランドのザ・コアーズにより、 アルバムチャートに伝統的な曲が取り入れられた。1980年代、ワシントンスクエアでフォークミュージック演奏が行われた。スザンヌ・ベガはフォークとプロテスト・フォーク指向の音楽を披露[22]。また黒人歌手のトレイシー・チャップマンもフォークのヒットをリリースした。エミルー・ハリスやスティーブ・アール、ウィルコ、サン・ヴォルトらのアーティストは、オルタナ・カントリーとフォークの精神を受け入れた。1990年代後半、フォーク・ミュージックはイライザ・カーシー、ケイト・ラズビー、ビル・ジョーンズ(女性)などのアーティストを通じて、音楽評論家や音楽ファンから注目された。カナダにおいて1990年代から2000年代にかけて最も売れたフォークグループは、ニューファンドランド出身のケルト人でロックテイストなグレートビッグシーで、カナダで4枚のアルバムをプラチナヒットさせている。コアーズは1990年から2000年代前半まで活動し、ケルト音楽とポップスを演奏し、2つのジャンルをブレンドした曲を発表した。2000年以降は、ブランディ・カーライルらが活躍した。

なお、ネオフォーク (Neofolk) というジャンル名は、欧米のスワンズやコイルらのバンドの音楽を指している。2007年に結成されたマムフォード・アンド・サンズなどのフォーク・ロックおよびインディー・フォーク・バンドは、2010年にブレイクし、シェナンドーランは2011年に1960年代の現代アメリカのフォークミュージックを現代のリスナーに届けるために結成されたバンドである[23]

フィルク音楽もスタイルと文化の面でフォーク音楽と見なすことができる。SFのコミュニティはサイエンスフィクションのファンダムであるが、これは珍しく完全に現代的なもので[24]1980年代に始まったネオフォークはヨーロッパの伝統的な民俗音楽と歴史、哲学的歌詞、伝統的な歌を融合した。主にヨーロッパであるが、他の地域にも影響を与えた。民俗音楽はドイツ、イギリス、スカンジナビア諸国、スラブ諸国でがメジャーで、デヴィッド・スミス(アカ・ダム・ザ・バード)やダンハイム、アルコナなどのバンドがあり、こうしたほとんどのバンドは、他の音楽ジャンルとフォークジャンルを結び付けている[25]。1980年代にフォークパンクは、フォークミュージックとパンクロックを融合し、ロンドンを拠点とするアイルランドのバンドであるザ・ポーグスによって開拓された。民俗音楽やプロテスト音楽はトピックに関する話題を対象とした。その他のサブジャンルにはサイケデリック・フォークアメリカーナなどのジャンルがある。

フランスではライオネル・ロシュマン(Lionel Rocheman)が組織したアメリカンセンターでの最初の音楽祭、フーテナニーによって1964年ごろからパリでフォーク運動が始まった。フランスの著名なフォーク歌手にはフランシス・キャバレルらがいた[26]。1960年代末にはフォーク運動は、パリ五月革命と同様の政治的、社会的運動となる。参加と表現の民主化、文化的イベントの自己管理の中からこの動きが発生した。

1960年代、70年代のフランスのフォーク音楽家としては、グレアム・オールライト[27]やトライ・ヤン・Tri Yannやアラン・スティベルらがあげられる。彼らの登場は民俗復活と呼ばれ、他のヨーロッパ諸国でも同様に伝統的な歌のリバイバルや、伝統的な楽器( バイオリンバグパイプハーディガーディなど)を使用する伝統的なスタイルの音楽再興の象徴となった。また2000年代にはコクーンが登場し、15万枚のヒットを記録した[28]

ギリアン・ウェルチらのネオ・トラディショナル・フォークも、アメリカで人気となった[29]。これとは別にネオフォークというジャンルも登場した。1980年代初期から、 インダストリアルシーンで少数のアーティストが新しいヨーロッパのフォークミュージックを作成しようとした。ネオフォークと呼ばれるこの流れは、アングロサクソン民族運動の影響を強く受けているが、異教ロマン主義オカルトなどのテーマは、ヨーロッパ文化と歴史への興味を示している。1990年代メタルバンドは楽器、メロディ、伝統的なテキストを使用して音楽をミックスしはじめる。この流れはフォークメタルまたはメタルフォークと呼ばれる。



主なフォークソング

我が祖国
(英語版) (This Land Is Your Land) - ウディ・ガスリー

ウイ・シャル・オーバーカム - ピート・シーガー

風に吹かれて (Blowin' in the Wind) - ボブ・ディラン

孤独の旅路(英語版) (Heart of Gold) - ニール・ヤング

特に著名なアーティスト

ボブ・ディラン

ニール・ヤング

ウディ・ガスリー

ピート・シーガー

ビクトルハラ

ジョニ・ミッチェル

ディック・ゴーハン[30]

ユアン・マッコール

ニック・ジョーンズ

ゴードン・ライトフット

レッドベリー

リッチー・ヘヴンス

ランブリン・ジャック・エリオット

キングストン・トリオ

ブラザーズ・フォア

マーティン・カーシー

リチャード・トンプソン

ジョーン・バエズ

フィル・オクス

ニュー・クリスティ・ミンストレルズ

フェアポート・コンヴェンション


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