ピンク・フロイド
[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

[22]


デヴィッド・ギルモア
(Vo/G) 2016年

ニック・メイスン
(Ds) 2018年

リチャード・ライト
(Vo/Key) 2006年

ロジャー・ウォーターズ
(Vo/B) 2018年

来歴


黎明期(1965年 - 1966年)

1965年、リージェント・ストリート建築工芸学校(英:london polytechnic regent street、現・ウェストミンスター・ロー・スクール;Westminster Law School[注 1][gm 1])の同級生であった[23][24]ロジャー・ウォーターズリチャード・ライトニック・メイスンの3名は[23][21][20]現代音楽に関して論争を交わしたことがきっかけで「シグマ6(Sigma 6)」というバンドを結成した[25]。当初はロジャーがギターを担当[26]し、前述の3人のほかにクライヴ・メットカーフ(ベース)、キース・ノーブルとジュリエット・ゲイル(共にボーカル)がメンバーに加わっていた。その後、バンド名を「メガデス (The Meggadeaths [27], The Megadeaths [28]) [注 2]」「アブダブス(The Abdabs)[25][29]」「スクリーミング・アブダブス(The Screaming Abdabs)[25][注 3]」「アーキテクチュラル・アブダブス(The Architectural Abdabs)[30][29]」「レナーズ・ロジャース(Leonard's Lodgers)[25]」「スペクトラム・ファイブ(The Spectrum Five)[25]」などと次々に変えながら活動を続け[25][注 4]、一旦「ティー・セット(The Tea Set)[31][29]」もしくは「Tセット(The T-Set)[32]」に落ち着くが、行き詰まりから活動を休止した。同年後半、ウォーターズ、ライト、メイスンの3人は旧友のシド・バレットとギタリストのボブ・クロース(Bob Klose)を誘い[33]、バンド名を「ピンク・フロイド・サウンド(Pink Floyd Sound)」に改めて再出発を図る。これは、バレットが好んだ2人のピードモント・ブルース(英語版)・ミュージシャンの名前にちなんだものであった[34][35][36]。その2人というのは共にアメリカ人のピンク・アンダーソン(ピンクニー・“ピンク”・アンダーソン)とフロイド・カウンシルで、Pinkney "Pink" Anderson からは"Pinkney"をもじったミドルネーム"Pinkを[37][38]、Floyd Council からはギブンネーム(en)の"Floydを[36]拝借したわけである[34][35]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:147 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef