ピルビン酸キナーゼ
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通常の条件下では、これら3つの反応は全て大きな負の自由エネルギーを有する不可逆的反応であり、この経路の調節を担う[16]。ピルビン酸キナーゼの活性は、アロステリックエフェクター、共有結合修飾、ホルモンによって最も広範な調節を受けている。ピルビン酸キナーゼの最も重要な調節因子はフルクトース-1,6-ビスリン酸(FBP)であり、この酵素のアロステリックエフェクターとして作用する。
アロステリックエフェクター

アロステリック調節は、エフェクター分子がタンパク質の活性部位以外の場所に結合することで、コンフォメーションや活性の変化を引き起こす調節機構である。ピルビン酸キナーゼはFBPによってアロステリックに活性化され、ATPとアラニンによってアロステリックに不活性化されることが知られている[17]。ピルビン酸キナーゼの四量体化はFBPとセリンによって促進され、四量体の解離はL-システインによって促進される[18][19][20]
フルクトース-1,6-ビスリン酸

FBPは解糖系経路に由来する、最も重要な調節因子である。FBPはフルクトース-6-リン酸のリン酸化によって産生される、解糖系の中間体である。FBPはピルビン酸キナーゼのドメインCに位置するアロステリック結合部位に結合して酵素のコンフォメーションを変化させ、ピルビン酸キナーゼ活性の活性化を引き起こす[21]。FBPは解糖系経路の中間体であるため、FBPの濃度が高くなるほどピルビン酸キナーゼ活性のアロステリック活性化が大きくなる、フィードフォワード刺激が行われる。ピルビン酸キナーゼはFBPの効果に対する感受性が最も高い。そのため、残りの調節機構は二次的機構である[9][22]
共有結合修飾

共有結合修飾酵素は酵素のリン酸化脱リン酸化アセチル化スクシニル化酸化の間接的な調節因子として機能し、酵素活性の活性化や阻害をもたらす[23]。肝臓では、グルカゴンアドレナリンプロテインキナーゼA(PKA)を活性化し、PKAはピルビン酸キナーゼをリン酸化して不活性化する。対照的に、血糖値の上昇に応答して分泌されるインスリンプロテインホスファターゼ1(PP1)を活性化し、ピルビン酸キナーゼの脱リン酸化による活性化を引き起こす。同じ共有結合修飾は糖新生酵素に反対の効果をもたらす。この調節系は、ピルビン酸キナーゼと糖新生を触媒する酵素とが同時に活性化されることを防ぎ、無益回路を回避する役割を果たす[24]
ホルモンによる制御

無益回路を避けるため、解糖系と糖新生が細胞内で同時に作動することが決してないよう高度に調節されている。そのためグルカゴン、cAMP、アドレナリンによるピルビン酸キナーゼの阻害は解糖系を遮断するだけでなく、糖新生の刺激も行う。反対に、インスリンはグルカゴン、cAMP、アドレナリンの作用に干渉し、ピルビン酸キナーゼの正常な機能と糖新生の遮断を引き起こす。グルコースは糖新生を阻害するが、ピルビン酸キナーゼの活性と解糖系には影響を与えない。全体として、ホルモン間の相互作用は細胞内の解糖系と糖新生の機能と調節に重要な役割を果たしている[25]
メトホルミンによる阻害効果

メトホルミン(ジメチルビグアニド)は2型糖尿病の第一選択薬として利用されている。メトホルミンは糖新生の阻害を介して間接的にピルビン酸キナーゼに影響を与えることが示されている。具体的には、メトホルミンはさまざまな代謝経路におけるグルコースフラックスの顕著な低下と乳酸/ピルビン酸フラックスの増加と関連している。メトホルミンはピルビン酸キナーゼの活性に直接影響を与えるわけではないが、ATP濃度の低下を引き起こす。ATPはピルビン酸キナーゼにアロステリックな阻害効果を持つため、ATPの減少はピルビン酸キナーゼの阻害を弱め、ピルビン酸キナーゼを刺激する。ピルビン酸キナーゼ活性の増加は代謝フラックスを糖新生ではなく解糖系へ変化させる[26]
遺伝子調節

炭水化物応答配列結合タンパク質(ChREBP)はL型ピルビン酸キナーゼ遺伝子の転写に必要不可欠なタンパク質である。ChREBPのドメインは、グルコースとcAMPによるピルビン酸キナーゼ調節の標的部位となる。具体的には、ChREBPは高濃度のグルコースによって活性化され、cAMPによって阻害される。グルコースとcAMPは修飾酵素を介して互いに反対方向に作用する。cAMPはChREBPのSer196とThr666のリン酸化を誘導し、L型ピルビン酸キナーゼ遺伝子の転写を不活性化する。一方、グルコースはChREBPのSer196とThr666の脱リン酸化を誘導し、L型ピルビン酸キナーゼ遺伝子の転写を活性化する。このように、cAMPと過剰な炭水化物はピルビン酸キナーゼの調節に間接的な役割を果たすことが示されている[27]

hnRNPはPKM遺伝子に作用し、M1、M2アイソフォームの発現を調節する。PKM1とPKM2はPKM遺伝子のスプライスバリアントであり、1つのエクソンだけが異なる。低酸素条件下では、hnRNPA1やhnRNPA2などさまざまなタイプのhnRNPが核内に移行し、PKM2をアップレギュレーションするような発現調節を行う[28]。インスリンなどのホルモンはPKM2の発現をアップレギュレーションし、トリヨードサイロニン(T3)やグルカゴンといったホルモンはPKM2をダウンレギュレーションする[29]
臨床的意義
欠乏症赤血球の異常の分布

この酵素の遺伝的欠陥は、ピルビン酸キナーゼ欠損症(英語版)(欠乏症/異常症)と呼ばれる疾患の原因となる。この疾患では、ピルビン酸キナーゼの欠損によって解糖系過程が遅滞する。ミトコンドリアを欠く細胞はTCA回路を利用できないために嫌気的解糖(英語版)を唯一のエネルギー源として利用しなければならず、そのためこの欠損の影響は特に重大なものとなる。一例として、赤血球ではピルビン酸キナーゼの欠乏によって迅速にATP欠乏状態となり、溶血が起こることがある。そのため、ピルビン酸キナーゼ欠乏症では慢性非球状溶血性貧血(CNSHA)が引き起こされることがある[30]
PKLR遺伝子変異

ピルビン酸キナーゼ欠損症は常染色体劣性形質である。哺乳類にはPKLRとPKMの2種類のピルビン酸キナーゼ遺伝子が存在するが、PKLRのみが赤血球型アイソザイムをコードし、ピルビン酸キナーゼ欠損症に影響を与える。ピルビン酸キナーゼ欠損症に関係した変異として、250種類以上の変異がPKLR遺伝子に同定されている。DNA検査によって1番染色体上のPKLR遺伝子が位置が発見され、ピルビン酸キナーゼ欠損症の分子診断のための直接的なシーケンシング検査が開発されている[31]
阻害
活性酸素種による阻害

活性酸素種(ROS)は、酸素の化学的反応性の高い形態である。ヒトの肺細胞では、ROSはピルビン酸キナーゼのM2アイソザイム(PKM2)を阻害することが示されている。ROSはCys358を酸化することでPKM2を不活性化する。PKM2の不活性化の結果、グルコースフラックスはピルビン酸に変換されなくなり、代わりにペントースリン酸経路で利用されるようになることでROSの還元と無毒化が行われる。このようにして、肺細胞ではより大きな酸化ストレスに耐えられるようになる。PKM2の調節機構はがん細胞の酸化ストレス耐性と腫瘍形成の亢進を担っている可能性が示唆されている[32][33]
フェニルアラニンによる阻害

フェニルアラニンは脳でピルビン酸キナーゼの競合的阻害剤として機能することが知られている。フェニルアラニンによる活性阻害の程度は胎児と成体細胞で同様であるが、胎児の脳細胞は成体の脳細胞と比較して阻害に対して極めて脆弱である。遺伝性脳疾患であるフェニルケトン尿症(PKU)の幼児のPKM2に関する研究では、フェニルアラニン値の上昇とPKM2の効率の低下が示されている。この阻害機構は脳細胞の損傷におけるピルビン酸キナーゼの役割の手がかりとなる可能性がある[34][35]
がん

がん細胞では代謝装置の特徴的な加速がみられ、ピルビン酸キナーゼはがんに関与していると考えられている。健康な細胞と比較して、がん細胞ではPKM2アイソザイム、具体的には低活性型の二量体のレベルが亢進している。


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