ピッグス湾事件
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大統領の他にディーン・ラスク国務長官ロバート・マクナマラ国防長官C・ダグラス・ディロン財務長官J・ウィリアム・フルブライト上院外交委員長、アーサー・シュレジンジャー大統領顧問、アレン・ウェルシュ・ダレスCIA長官、チャールズ・カベル副長官、リチャード・ビッセル担当官、そしてライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長などの顔ぶれであった[6]

ダレスCIA長官と作戦担当のリチャード・ビッセルがこの作戦の内容を説明した。まずアメリカが介入するのではなくカストロ政権が成立後にアメリカに避難した亡命者から約1400人がグアテマラでCIAによる軍事訓練を受けており、この1400人が陸海共同でキューバへの上陸作戦を展開し、上陸が成功すればキューバ国内の反政府抵抗組織2500人と同調する反カストログループ約2万人が行動を起こし、これに鼓舞されて情報機関の推定で総人口の25%を占めるカストロに反感を示す大衆が蜂起する、というものだった[7]。反カストロ軍の空軍部隊がカストロ政府軍の飛行場を爆撃して最初に制空権を奪う。カストロ政府の空軍は経験のあるパイロットがおらず、全く組織化されていないので二度の爆撃で十分であり、この計画の成功は空軍の無力化にかかっている。そしてカストロ政府の空軍が事前爆撃で完全に破壊されると海からの上陸後にまず「キューバ革命委員会」が臨時政府樹立を宣言し、もしうまくいかなかった時は近くの山に逃げ込みゲリラ戦術を展開する、このビッセルの説明に反対を表明したものはいなかった。

ケネディはあくまでアメリカの介入には慎重であった。当時ベルリンが危機的な状況で、キューバを口実にフルシチョフがベルリン問題で軍事的行動を起こすことを恐れていた。しかしダレス長官の正規軍を介入させないとする説明で(実際はCIAは反カストロ軍にアメリカ軍の応援を確約していた)、ケネディは作戦の実行を承認したがアメリカの直接の関与が露見しないように、最初の空襲での爆撃機の数を減らし、その際に上陸地点の変更(夜間上陸に適しているという理由で)を命じた。これは結果として作戦に大きな障害となった[7][注 5]。また上陸地点がピッグス湾に変更になったが、そこにサンゴ礁があることを誰も予期しておらず、また上陸後に苦戦となった場合は反カストログループがいるエスカンプライ山脈に逃げ込む予定であったが、上陸地点をピッグス湾に変更してそれが不可能となったのである[8]。CIAは作戦失敗のリスクを過小評価していた。
爆撃の失敗キューバ政府軍機に偽装したアメリカ空軍のA-26インベーダー。フロリダ州の博物館に現存するもの

1961年4月初旬に、アメリカ海軍空母「エセックス」は、「2週間の通常訓練航海」の名目でフロリダ沖を航行した。この時、「エセックス」は12機のA4D-2スカイホークを搭載していた。A4Dは20ミリ機銃で武装されており、数日後には識別標識は機体と同じグレーの塗装で塗りつぶされ、「戦闘哨戒飛行」のため昼夜を問わず飛行するようになった。乗員のほとんどには知らされていなかったが、一連の行為はピッグス湾事件で出動することになる爆撃機護衛を目的とした任務であった。

4月15日朝6時頃に、反カストロ軍はキューバ政府軍機に偽装したアメリカ空軍の旧型攻撃機、A-26によりキューバ軍基地を空襲した。この日キューバ国籍のマークを付けた8機がニカラグア東岸プエルト・カベサスにある秘密のCIA航空基地から発進し、上陸作戦支援のための予備的攻撃を加えたが、結果は政府軍が所有する36機の戦闘機のうちわずか5機を破壊するに留まった。

最初の空爆でキューバ空軍機を壊滅して制空権を反カストロ軍が確保するはずが、空爆が不十分で制空権を奪えず、またアメリカ海軍空母艦載機からの支援もなかった。これが2日後に政府軍の空襲で上陸作戦に支障をきたすこととなった。数時間後にはキューバ外相ラウル・ロアがニューヨーク国連本部で「アメリカの仕業」として非難した。
上陸作戦の実行ヒロン浜沖合の上空を飛行する空母「エセックス」のダグラスA-4D2

続いて4月17日にピッグス湾(コチノス湾)ヒロン浜への上陸を開始した。グアテマラで武器の供与を受け訓練されて上陸した反カストロ軍「二五〇六部隊」は1500人以下にすぎず、政府軍が約20万人で迎え撃った。また制空権が確保されず、政府軍のロッキードT33ジェット機から爆撃を受けて武器弾薬や食糧そして医療品などを積んだ2隻の物資補給船が撃沈されるなど補給経路が早々に破壊されたことで、弾薬・食糧・医療品が早く尽きてヒロン浜に閉じ込められて劣勢に立たされた。

窮地に立たされたCIAと軍は、ケネディ大統領に上陸部隊を救うためにアメリカ軍の直接介入を求め、かねてからヒロン浜の沖合に待機していた「エセックス」からのジェット戦闘機による支援を求めたのであった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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