バドリオは1904年にソフィア・ヴァラニア(Sofia Valania)と結婚し、三男一女をもうけた。彼の孫ピエトロ
(1939年?1992年)は二代目アディスアベバ公爵の爵位を継承し、ベトナムの元皇帝バオ・ダイの娘と結婚。彼の長男フラヴィオ(1973年生まれ)が現在三代目アディスアベバ公爵を名乗っている。ムッソリーニ失脚直後、第二次大戦中の枢軸国においてバドリオは「裏切り者」として映ったため、転じて裏切り者や敗北主義者のことを「バドリオ」ということがあった。
近年、バドリオが第二次エチオピア戦争中に行った毒ガス攻撃や無差別爆撃は戦争犯罪に当たるとして、対エチオピア戦に限ればバドリオは戦争犯罪人であるという意見が出てきている。
出典[脚注の使い方]^ ムッソリーニ首相、エチオピア併合宣言『東京朝日新聞』昭和11年5月7日夕刊
^ ムッソリーニ首相辞任、後任バドリオ(昭和18年7月27日 毎日新聞(東京))『昭和ニュース事典第8巻 昭和17年/昭和20年』本編p404-p405 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
^ 首相にボノミ、共産党が入閣(昭和19年6月11日 朝日新聞)『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p409 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
関連項目
イタリアの降伏
参考文献
三宅正樹ほか編「イタリアの降伏とバドリョ政権の成立」『第二次大戦と軍部独裁,昭和史の軍部と政治4』1983,第一法規
外部リンク
『バドリオ』 - コトバンク
先代
ベニート・ムッソリーニイタリア王国首相
1943年 - 1944年次代
イヴァノエ・ボノーミ