ビタミン
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補酵素であるかないかに関わらずビタミンは生体にとって必要不可欠な物質であり、ビタミン欠乏症に陥るとビタミンB群補酵素として利用する酵素が関与する代謝系の機能不全症状が現れたり、ビタミンAが光を感知する物質の前駆体であるため夜盲症になったりする[1]
ビタミンの一覧

ヒトのビタミンの一覧を挙げる。ビタミンは脂溶性ビタミン水溶性ビタミンに分類される。
脂溶性ビタミン

ビタミンA: レチノール、β?カロテン、α?カロテン、β?クリプトキサンチンなど

ビタミンD: エルゴカルシフェロールコレカルシフェロール


ビタミンE: トコフェロールトコトリエノール

ビタミンK: フィロキノンメナキノンの2つのナフトキノン誘導体

水溶性ビタミン

ビタミンB群

ビタミンB1: チアミン

ビタミンB2: リボフラビン。ビタミンGともいう。

ビタミンB3: ナイアシン。ビタミンPPともいう。

ビタミンB5: パントテン酸

ビタミンB6: ピリドキサールピリドキサミンピリドキシン

ビタミンB7: ビオチン。ビタミンBw、ビタミンHともいう。

ビタミンB9: 葉酸。ビタミンBc、ビタミンMともいう。

ビタミンB12: シアノコバラミンメチルコバラミンヒドロキソコバラミン


ビタミンC: アスコルビン酸

発見の歴史

ビタミンは通常の食事を取っていれば必要量が摂取できる。単調な食事や特殊な環境下での生活により、ビタミン不足による障害が発生するが、長い間それは単なる病気と見られていた。

ビタミン発見の発端は、兵士が壊血病脚気に集団で罹り、当時の軍医らがこれらの病気の撲滅を狙って研究したことから始まる。現在ではこれらの病気はビタミン不足による障害だと知られている。

1734年、J・G・H・クラマーは壊血病に罹るのはほとんど下級の兵卒であり、士官らは罹らないことに気づいた。士官らは頻繁に果物や野菜を食べており、下級の兵卒らは単調な食事であることから、壊血病を防ぐために果物や野菜を取ることを勧めた。また、ジェームズ・リンド1747年イギリス海軍で壊血病患者をいくつかのグループに分け異なる食事を与える実験を行った。その結果、オレンジレモン柑橘系果物が壊血病に有効であることを発見した。しかしこれらの発見は黙殺され、結局壊血病は 1797年にイギリス海軍において反乱が起き(スピットヘッドとノアの反乱)、その要求の一つにレモンジュースが入り、それが受け入れられるまでイギリス海軍を悩ませた(ただし、イギリス海軍本部は安価なライムを代用した)。

日本でも日本海軍の水兵に脚気が蔓延し悩まされた。軍医大監だった高木兼寛は、士官は脚気に冒されず、かつ単調な食事をしていないことに気づいた(脚気の原因のタンパク質の不足説と米よりタンパク質を多く含む麦飯優秀説を提唱)。そこで 1884年白米大麦を加え、肉やエバミルクを加えるなど食事の中身を若干イギリス風にした。これにより脚気自体はなくなった。しかし、高木はビタミンの存在に気づかず、単にタンパク質が増えたためと考えた。

1896年には、クリスティアーン・エイクマンが滞在先のインドネシアで米ヌカの中に脚気に効く有効成分があると考えた。

物質としてビタミンを初めて抽出、発見したのは鈴木梅太郎であった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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