ホモ・サピエンスの子育てでは、一般に母親のほうが父よりも相対的に子供と密着した感情的・物理的関係を持つことが多い[45]。しかし、オス親も近縁種に比すればより強い子供との結びつきを持つ[45][46]。
ホモ・サピエンスの祖先や現存する近縁種の多くには、子殺しの習慣があり、親(多くの場合オス親)にとって不利益となる子供は、殺されることが少なくない[注 9]。ホモ・サピエンスの親子の間でも、親の命は子の命より尊く、親(とりわけオス親)は文字通り子の生殺与奪の権利を有するというのが普遍的傾向である。ホモ・サピエンスの親子の関係は、他の近縁種における親子よりもより強く、長い絆で結ばれており、この大権が露骨な形で振るわれることは少ないが、それでも親からして、子の意思または行動、更には存在自体が親の利益にあまりにも反する場合、親は容赦なくこの大権を行使し、子の人生のありかたを強制したり、暴力的制裁教育を与え、はなはだしくは中絶・間引き・虐待等で子の命を奪うことも決してまれではない[注 10]。更に、子殺しに際しても、オスメスで命の価値の格差があり、一般に子供がオスの場合より、メスの場合のほうが、他の条件がまったく同等の場合、子殺しへのハードルが低い。
また、ただ単にこの大権を行使する他の近縁種とホモサピエンスとの最大の違いは、ホモサピエンスはこの大権の行使に関して、これを正当化する理論・思想を、高い知能を用いて編み出したことである。これは儒教の『孝』が良く知られているが、それに限らず普遍的である。この種の思想により、たとえ子の実力が親をしのぐまでに成長し、親が老いて力を失っても、親は多くの場合子に対する支配権を一定程度存続させることができる。とはいえ、成長した子による老いた親殺しもまた、子殺しほどではないにせよ、普遍的に見られる。
しかし、そのような大権の行使という危険性はあるが、多くの場合ホモサピエンスの親子の間柄は、強い絆と情愛で結ばれ、子供の生育に対して親の庇護が有益な役割を果たしているのも事実である。
21世紀以降ではこのような大権自体を制限し、子供の人権を守ろうとする思想・文化が広まり、世界的に一応の規範となっているが、完全ではない。 進化における分類についてはヒト亜族を、ヒトの進化全般について人類の進化を参照。 現在では航空機や船などの遠距離交通が発達し、また住居環境を調節する技術も発達しているが、安定的で確実な遠洋航海技術が発達する以前から、ヒトの分布はほぼ全世界にわたっている。人類の祖先は約20万年前にアフリカ中部(現在のボツワナ北部)に発生したものと考えられている[47]。およそ10万年前リフトバレーを起点として、アフリカ大陸を出て、アジアへと渡り、その後ベーリング海峡を超え、アメリカ大陸へと広がった。ほぼ世界全土にヒトは離散していった[48][49]。大陸と主要な島嶼のうち、ほぼ唯一の例外として、南極大陸には定着しなかった。また、最も遅く到達したのはニュージーランドではないかと考えられる。それ以外の地域においては、寒帯から熱帯にわたる極めて広範囲の分布域をもっていた。サル目は基本的に熱帯の動物であり、ヒト以外では日本列島本州のニホンザルが分布の北限であることを考えると、格段に広い。 これは、ヒトが衣服や住居を用いて身を守る方法を発達させたためでもあるが、体の構造そのものも、寒冷な気候に対応できたためと考えられる。たとえば、ベルクマンの法則の通り、その大きい体は体温を維持するには有利である。尾がなく、耳殻が短くて厚いこともアレンの法則にかなっている。また、高く盛り上がった鼻は、鼻腔を長くすることで、冷気を暖めて肺へ流し込むことができるようにする、寒冷な気候への適応であるとの説もある。またヒトの形態学的多様性の原因を性淘汰に求める説も存在する[50][51]。その一方で、発汗機能も非常に発達しており、暑熱への耐性もある事から、生活圏が非常に広くなったと考えられる。 このような分布域の拡大に従って、形質も多様化したと考えられ、さまざまな変異が見られる。それらの主要なものを分類して、人種と名付けている。しかし、その区別や範囲が客観的に明確でないことが多い。また、どのような人種の間でも、生理的な意味における生殖的隔離は認められない。前述のように、現在の人類はすべてヒトという単一の種に属するものと考えられ、人種の差は種を分かつものとは見なされない。本項では「ヒト」を亜種としてホモ・サピエンス・サピエンスとして扱っているためモンゴロイド・コーカソイド・ネグロイドといった人種は、チワワ・プードル・セントバーナードのような他生物でいう品種相当として扱う。(もっとも人種が亜種段階の分化であるとする見解もある)このような広い分布域を持ちつつ、完全な種分化が起こっていないのは、他の動物には例が少ない(クマネズミ・ドブネズミなど、人間により広められた汎存種に例が見られる)。
進化
分布と多様性ヒトの移動ルート
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 個体別の特に遺伝によるところが大きい
^ 例として、ドナルド・E・ブラウンは、ブルネイでの高さと地位との正の相関関係を挙げ、この関係自体は普遍的だが、ブルネイに特有なのはその頻度であるとしている。(ドナルド・ブラウン 2002, p. 3-4)
^ ホモ・サピエンスの諸社会の構成員は、実際上の強い普遍性の共有とは裏腹に、『われわれ』と『やつら』の間の違いを語るのを好む傾向がある。(「ヒューマン・ユニバーサルズ」、ドナルド・ブラウン、2002、p2、p3、p8)
^ イスラーム世界でも現実の社会を律する規範としては、飲酒は容認されているが、他の集団に対して『酒を飲む異教徒』とさげすむこと、または江戸時代の日本で、現実の社会規範としては四足の獣の肉を食べることが少なからず見られたにもかかわらず、朝鮮人や欧米人の使節等、肉をおおっぴらに食べる習慣のある社会から来た人々に対し、『四足の肉を食う奴等』とさげすんだことなどが例である
^ これを『補足的親子関係』という。(『Kinship and the Social Order: The Legacy of Lewis Henry Morgan』、Meyer Fortes、1969)
^ このようなホモ・サピエンスオスの平均して強い性的嫉妬心は、父性の確認という意味を持つ(「人間はどこまでチンパンジーか」、ジャレド・ダイアモンド、1993、p136?p140)
^ これを「花嫁を買う」と直接的に表現することもある(ジャレド・ダイアモンド 1993, p. 263)
^ 他集団のメスに対するレイプ・強制売春だけでなく、この場合相手の集団に属する個体への虐殺や虐待も横行する傾向がある(ジャレド・ダイアモンド 1993, p. 428?p429)(「男の凶暴性はどこから来たか」、リチャード・ランガム、デイル・ピーターソン、1998、p161?p163)
^ ゴリラおよびチンパンジーの子殺しはよく知られている(「男の凶暴性はどこから来たか」、リチャード・ランガム、デイル・ピーターソン、1998、p204)
^ 親にとって必要な場合の中絶・子殺しへの許容性を持つのは、人類社会の普遍性質または準普遍性質である(ドナルド・ブラウン 2002, p. 249、250)
出典^ Wood and Richmond; Richmond, BG (2000). “Human evolution: taxonomy and paleobiology”