ヒト
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そのためホモ・サピエンスのセックスは、単なる受精のみを目的とするのではなく、性的快感を通じて互いの親しみを増すはたらきも重要な目的として持つように進化したと一般的には考えられる[18]。現代においては器具や薬剤を用いた避妊により、明確に生殖と切り離され快楽のみを目的とした性交も多く行われる。特定の雌雄ペアは一定期間持続するが、どの程度続くかにはさまざまな場合がある。

そのような関係が一定の形式で維持されることを婚姻結婚と言うが、集団の中で公的に認められるために、それぞれの文化において、さまざまな形の儀礼がある。しばしば、同性個体間(同性愛)においてもこのような関係が見られるが、多くの文化において雌雄個体間におけるそれとは、異なる扱いを受ける。

しかし、これにもさまざまな例外があり、ペア同士の同意により相手を特定しないとするオープンマリッジ、民族的な違い(複婚重婚)、または売春が見られるのも通例である。

動物における社会の構成は、その動物の生殖にかかわる性のあり方に大きく影響されるから、ヒトの場合に、本来はどのような配偶関係であったのかを論じるものは多い。現実の様々なヒトの社会を見れば、一夫一婦制同性結婚一夫多妻制一妻多夫制、多夫多妻制、そしてわずかながら乱婚やハレム(英語版)のいずれも、その実例がある。しかしヒトはボノボほど乱婚ではないし、ゴリラほどハレム制が一般的に見られるわけでもない。また、同一社会でもその階層などによって異なる形が見られることも珍しくない。

一般的にいえば、ホモ・サピエンスのオス・メスの性的結合は、オス・メスが一対一で結合する一夫一妻制を基本としており、この形をとる個体がほとんどである。しかし、ホモ・サピエンスのオスには多くのメスと交尾したいという欲求を表す傾向があり、またホモ・サピエンスの社会は基本的にオス優位[19][20]であるため、オスの性的欲求に対してはメスのそれよりかなりの程度寛大である傾向がある。それにもかかわらず、ホモ・サピエンスの社会において一夫一妻制が主流なのは、第一にホモ・サピエンスの全個体数におけるオスメスの比はほぼ完全な1対1であること。第二にホモ・サピエンスのオスは現存する近縁種のオスに比べてかなり積極的に子育てに参加し、その資源コストの多くを負担する傾向があるため[21]、オスの利用できる資源が少ない場合に一夫一妻でなく一夫多妻をとれば、子育てのコストをまかないきれず共倒れになる危険があるからである[22][23]

ゆえに、ホモ・サピエンスの本来的生活形態である狩猟採集生活を送り、富の蓄積が比較的少ない社会では、少数の有力なオス個体が2, 3匹のメスに対する性的資源支配権を行使する程度の一夫多妻制が見られるのみである[22]。しかし、富の蓄積が大きい社会では、多くの資源を利用できる高い地位のオス個体が、より多くのメスに対して性的支配権を行使し、社会の最上位のオスにいたっては、純然たるハレム制に近くなることも少なくない。一夫多妻制への対応は文化差があるが、この制度を利用できるオス個体は社会全体のオス個体の生息数から見れば、非常に少数である。

また、これと逆に社会の中で劣位のオスが、最低限の交尾の機会を得る手段として、一匹のメスに対して複数のオスが性的資源支配権を行使することがある。オス同士の連合とメス一匹の結合が一夫多妻や一夫一妻同様持続的な性的パートナーシップである場合、これを一妻多夫制と呼ぶが、これは一夫多妻制と比べてもきわめてまれである。通常は、一匹のメスに対する性的資源支配権を複数のオスが時間をずらして行使する形をとり、これを売春と呼ぶ。売春による交尾では生殖を目的としないことがほとんどであり(多くの場合は避妊が行われる)、通常はオスからメスに対価が支払われる形式を取るが、ごくまれにメスからオスに対価が支払われることもある。ホモ・サピエンスにおけるオスのメスに対する性的支配権の重視から[注 6]、一般的に売春を行うメスは、一夫一妻や一夫多妻のように、一匹のオスに性的支配権をささげるメスよりも低く見られ、売春で交尾の機会を得るオスも、売春を行うメスを尊重する傾向は弱い。売春はホモ・サピエンスの近縁種ボノボにも見られる。

このような形式で交尾の機会を得ようとするオスが存在する理由として、現代ホモ・サピエンスのコミュニティでは一度も交尾を経験していないオスは童貞と呼ばれ、童貞ではないオスと比べて社会的に劣っていると見られる場合が多いことが挙げられる。ただし売春を非道徳的とみなす文化もあり、そうしたコミュニティでは売春を経験したオスは童貞のオスよりも低い評価がなされることもある。

また一見乱婚と見られる場合も、決して野放図に交雑が行われているのではないことに留意する必要がある。例えば、イヌイットにおける客人への妻の提供、もしくは日本の農村で見られた、夜這いや、歌垣(祭礼での乱交)も、その対象は限られたコミュニティ内に限定され、かつその方式や時期・程度なども含めて規定され、厳格に(オス中心の秩序の中での)互酬制が適用される。またこれらの制度における性的自由も、あくまでオスのメスに対する性的資源支配権という同一の基盤を基にしており、オス中心でメスの意思への配慮は二義的である。夜這いについては、当該メス個体の性的資源支配権を獲得したいと願う個体と、そのメスの性的資源保護権を有するオスの個体(多くの場合父や兄)の合意があれば、当該メス個体の意思にかかわらず認められることが多い。また、イヌイットの妻の提供も、あくまでそのメスの性的資源支配権を有する夫が、恩恵もしくは歓待の意思により、相手のオスに一時的にメスの性的資源使用権を与えるというもので、メスの意思は二義的である。かつてのホモ・サピエンス社会における親の意思による強制結婚も、このようなメスの意志を二義的とする性的資源所有権の取引の結果である[注 7]

確実に言えるのは、これらのどれかを持つ、あるいはそれらのある組み合わせを持つヒトの社会が実在すること、そして、おそらくどの場合も、その内部に多くの例外や逸脱が存在していたであろう、ということである。

しかし、一般的にまとめれば、一夫一妻を基調としつつ、有力なオスに限り一夫多妻が可能とされ、また補助的に乱交や一妻多夫、売春等を認めるのが、ホモ・サピエンスの配偶に関する規範の一般的傾向といえる。これは生物学的に見て、ホモ・サピエンスのオスは近縁種のオスほどではないにしろ、メスに比べて大柄であることからも推察できる[24][25]

また、個体差は大きいが、ホモ・サピエンスのオスは、一般に過去自分以外のオスと交尾をしなかったメス(処女)に対して、性的にプラスとなる他の条件がまったく同等ならそちらが交尾の相手としてより良いメスとみなす傾向を持つ[26]。そのため、処女を失ったメスに対する差別的な取り扱いを行う社会もある。また、オスは年を重ねた後も、性的価値のあるメスをセックスの相手として好む傾向があり、中にはこれで雌雄ペアの結合が破壊されることもある[27]

20世紀後半以降、これらのオス・メスの差別に対し、これを是正し、オスメス対等の性的関係をつくり、かつ一夫一妻制に統一しようという文化的動きが強いが、完全ではない。
非規範的配偶

ホモ・サピエンスの社会において、正当なメスに対する性的資源支配権の獲得手順を踏まずに、その社会のメスと交尾を行ったオスは、当該メスの性的資源支配権もしくは保護権を有するオスの権利を侵害したとして、社会から制裁を受ける。これを婚外性交渉といい、不倫などが代表例である。

とりわけ、他の集団との戦争状態下では、多くの場合成熟した若いオスからなる戦闘集団(兵士)が、相手の集団に属するメスをレイプすることが多く、またそれが戦争におけるオスらしさの高い表現であるとみなされる傾向がある[注 8]。これは、ホモ・サピエンスには『われわれとやつら』という基準があり、『われわれ』を倫理的に『やつら』よりも優遇するためである[28][29]。ゆえに、相手のメスがたとえそちらの社会で正当なオスによる庇護を受けていても、当該戦闘集団の属する社会においてはそれは無価値であるとみなされ、かつメスの意思そのものへの配慮もより一層弱くなり、ゆえに当該メス個体に対し性的資源支配権を自由に行使してよいとみなす傾向があるからである。ただしこれも、戦争が終わった後相手の集団がこちらの集団に併合され、『やつら』から『われわれ』に変わる場合があるため、戦争行為を統括する高い地位のオスは、ある程度レイプを抑制する命令を出すことも少なくない。集団間での闘争におけるレイプや虐殺は、その萌芽と取れるものがチンパンジーにも存在している[30]

メスの意に反した交尾であるレイプは、当該オス個体の性的欲求の解消と、当該オスによる当該メスに対する威圧の両面を含んでいる。レイプの対象となるメスの年齢は幅広く、特に戦時には子供から老人にまで及ぶが、同時に内訳を見れば、大多数が性的に成熟した10代から20代のメスである[31]。『われわれ』の集団のメンバーである成熟したオスによって庇護されていないメスへのレイプに関して、ホモ・サピエンス社会の伝統的規範では普遍的に黙認、または承認される傾向があり、実際にそのようなレイプが多いことから、レイプの中でも、この種のレイプは進化的に適応的であるという指摘も有る[32][33]

また、生殖から逸脱した性的関係として同性愛(homosexual)が生物学において特に高等哺乳類で広く認知されており(動物の同性愛を参照)ホモ・サピエンスにおいては人口の約6パーセントに同性愛的傾向が認められるという調査結果が公表されている(Wellings.1994 イギリス)。ただし、この結果には両性愛(bisexual)や機会的同性愛に基づくものを含む。またその比率には社会的、文化的影響が大きいとされ、その他実施された多くの調査結果の閾値は2-13%である[34][35][36][37][38][39][40][41][42][43][44]。またオスに限れば、有史以来同性愛が制度化された例が多数存在し、現代では一部の地域において同性結婚が認可されている(スペインオランダカナダなど) 。これは、同性間の配偶に規範的性格を与えたものであり、世界的には寛容になる傾向であるが、一方で宗教的理由において重刑を課す国家も残っている(サウジアラビアイランなど)。


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