パーヴォ・ヌルミ
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親友がいたとは信じられていないが、たまには社交生活を行ってその小さな交友関係の輪で「皮肉的なユーモア」を披露したという[9]。その絶頂期には世界中で最も有名なスポーツ選手とされていたが[107]、ヌルミは世間の注目とメディアを嫌っており[9]。後に75歳の誕生日のとき(1972年)に「世界的な知名度と名声は腐ったコケモモよりも価値が低い」と述べた[84]。フランスのジャーナリストガブリエル・アノはヌルミのスポーツに対する集中を疑問視し、1924年にヌルミがこれまでになく「本気、無口、悲観的、熱狂的、そして集中している。彼の中の冷たさと強い自制により、彼が感情をあらわにすることは一瞬たりともなかった」と書いた[108]。同時代のフィンランド人の間では一部が彼にスーリ・ヴァイケニヤ(Suuni vaikenija、「偉大な沈黙な奴」)というあだ名をつけ[109]ロン・クラークは後にヌルミがフィンランドの走者やジャーナリストにとってすら謎であると述べた:「彼らに対しても、本当の自分ではいなかった。彼は謎めいており、鵺的で、雲の中の神様のようだ。まるで全時間に演劇の役を演じているみたいだった」[108]

ヌルミは同僚の走者に対してはメディアより多くを述べた。彼はアメリカの短距離走者チャールズ・パドックと意見交換をしており、ライバルのオットー・ペルツァー(英語版)とは一緒にトレーニングすらした[39][110]。ヌルミはペルツァーに敵を忘れるよう言った:「自分に打ち勝つことがアスリートにとって最も大きな挑戦だ」[39]。ヌルミは心理的な強靭さを重要視したことで知られており、「精神が全てだ。筋肉など、ただのゴムの塊だ。私の精神があるから私がいるのだ」と述べた[111]。競走路上にいるヌルミについて、ペルツァーは「彼の無感覚はまるで仏陀が競走路で滑走しているようだ。ストップウオッチを手に、1周また1周と(終点の)テープに向かい、数学テーブルの規則にしか従っていない」と述べた[注 5][112]。マラソン選手のジョニー・ケリー(英語版)は1936年オリンピックではじめて憧れのヌルミに会った。彼はヌルミが始めには冷たかったが、ヌルミが彼の名前を聞いた後に割と長く話し合っており、「彼は私の手を握った――興奮した様子で。信じられない!」と回想した[113]

ヌルミの速さと性格のつかみどころのなさにより、「ファントム・フィン」(Phantom Finn)、「走者の王様」(King of Runners)、「無比のパーヴォ」(Peerless Parvo)などのあだ名をつけられた[8][114][115]。一方、彼の数学における技術とストップウオッチの使用によりマスコミは彼を走る機械として描写した[116]。とある記者はヌルミを「時間を消滅させるために作られた機械のフランケンシュタイン」と形容した[117]。フィル・コージノー(英語版)は「ロボットが現代の霊魂のない人類を代表するようになる時代、彼自身が発明した、ストップウオッチでペースをつけるテクニックは人々に霊感を与えるのと同時に困惑させた」[117]。大衆向け新聞ではヌルミに関する噂としては彼が「奇形的な」心臓を持ち、脈拍数が異常に低い、というものがある[118]。ヌルミがアマチュアかどうかの論争の最中、ヌルミは「世界中の運動選手の中で最も低い脈拍数と最も高い提示価格を有した選手」であるといわれた[115]

フィンランドから遠く離れた日本においても、ヌルミは同時代において知られた存在であった。詩人の高村光太郎は1929年9月に書いた詩「或る筆記通話」に「ヌルミのぬ」という一節を入れている。
死後アテネウム美術館にあるヌルミ像の前に立つヌルミとヴァイノ・アールトネン、1930年代の写真。

ヌルミは1500メートルから20キロメートルまでの競走の公式世界記録を合計で22更新しており、更新数自体が新記録である[15][119]。非公式記録も多く作り、公式記録と合わせて合計58となっている[84]。国際陸連は1980年代まで屋内記録を認可しなかったため、ヌルミの屋内世界記録は全て非公式である[15]。ヌルミの生涯オリンピックで金メダルを最も多く獲得した選手という記録は1964年に体操選手ラリサ・ラチニナが、1972年に競泳選手マーク・スピッツが、1996年に陸上競技選手カール・ルイスが並び、2008年に競泳選手マイケル・フェルプスに破られた[120][注 6]


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