パクリタキセル
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BMSのこの選択は後に物議を醸すこととなり、1991年と1992年の議会聴聞会の対象となった。NCIにはほとんど選択の余地がなかったことは明らかに思える一方、企業のパートナーを迎えたことは契約条件に関する議論を巻き起こし、最終的に2003年の会計検査院(英語版)の報告でNCIは費した金銭に価する価値の確保に失敗したと結論付けられた[17]

米国農務省米国内務省が参加している関連契約では、ブリストル・マイヤーズ スクイブは米国中のタイヘイヨウイチイの供給に関する排他的優先権を手に入れた。この排他契約はBMSに「癌治療薬の独占」を許すものだとして批判された[18]。この契約の18か月後、BMSは新薬承認申請(NDA)資料を提出し、1992年末に承認された[15]。化合物には特許は取得されていなかったが、ハッチ・ワックスマン法(英語版)の規定により、BMSに5年間の独占販売権が与えられた。

1990年、BMSはタキソールの名称をタキソールとして登録申請した。これは論争を起こしながらも1992年に認可された。同時に、国際一般名 (INN) としてはパクリタキセルと命名され直した。Nature誌などの批評家は、タキソールという名称は20年以上も600以上の科学論文で使用され続けて来ており、商標登録すべきでないと提案し、BMSはその権利を放棄すべきであると述べた[19]。BMSは、名称を変更すると医師の間に混乱をもたらし、患者の健康状態を危険に晒す可能性があると主張した。BMSは裁判所でその名称の権利を護り続けている[20]
製造方法「タキソール全合成」も参照

1993年ロバート・ホルトンらのグループにより初めて全合成された(発表は翌年。ホルトンのタキソール全合成を参照)。しかし、全合成はコストが高い。現在、医薬品としてのパクリタキセルはヨーロッパイチイの葉よりバッカチンIII(英語版)という原料を取り出して、これを元にパクリタキセルを合成(半合成)している。また、細胞培養法(PCF法:Plant cell fermentation法)により安価で大量に供給する技術も確立されている。
作用機序チューブリンとパクリタキセルの複合体。黄色の棒で示したのがパクリタキセルの分子である。

微小管に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害する。パクリタキセルはチューブリンの2つのサブユニット(αとβ)のうちβサブユニットに結合する。
効能・効果

卵巣癌非小細胞肺癌乳癌胃癌子宮体癌、再発または遠隔転移を有する頭頸部癌、再発または遠隔転移を有する食道癌血管肉腫、進行または再発の子宮頸癌、再発または難治性の胚細胞腫瘍(精巣腫瘍卵巣腫瘍、性腺外腫瘍)、治癒切除不能な膵癌(nab-パクリタキセルのみ)。

子宮体癌での本剤の術後補助化学療法における有効性および安全性は確立していない。
組成

内容に無水エタノールを含有しているのでエタノールによる中枢神経症状(酔払う)が出やすい。またポリオキシエチレンヒマシ油を含むため、アレルギー症状を予防する薬剤投与が不可欠である。
副作用

重篤な副作用には、次のものがある[21]。頻度未記載は頻度不明である。

ショック(0.2%)、アナフィラキシー様症状(0.3%)、

骨髄抑制(白血球減少(61.4%)、好中球減少(55.5%)、貧血(ヘモグロビン減少(30.7%)、ヘマトクリット値減少(5.0%)、赤血球減少(11.2%)など)、血小板減少(11.7%)、汎血球減少など)、感染症(尿路感染(2.3%)、上気道感染(4.8%)、敗血症(0.9%)、帯状疱疹(1.0%)、肺炎(1.1%)など)

末梢神経障害(43.8%)、麻痺(0.1%)、片麻痺(0.1%未満)、不全麻痺、間質性肺炎(0.5%)、肺線維症急性呼吸窮迫症候群(0.1%未満)、

心筋梗塞(0.1%未満)、鬱血性心不全(0.1%未満)、心伝導障害、肺塞栓(0.1%)、血栓性静脈炎(0.4%)、脳卒中(0.1%未満)、肺水腫(0.1%未満)、

難聴(0.2%)、耳鳴(0.4%)、消化管壊死消化管穿孔(0.1%未満)、消化管出血(0.1%未満)、消化管潰瘍(0.1%)、出血性大腸炎(0.1%未満)、偽膜性大腸炎虚血性大腸炎腸管閉塞(1.6%)、腸管麻痺(食欲不振、悪心嘔吐、著しい便秘腹痛、腹部膨満あるいは腹部弛緩および腸内容物の鬱滞など)(0.1%)、

機能障害(4.0%)、黄疸膵炎(0.1%未満)、急性腎不全(0.2%)、皮膚粘膜眼症候群中毒性表皮壊死症播種性血管内凝固症候群(DIC)(0.1%)、腫瘍崩壊症候群、白質脳症(可逆性後白質脳症症候群を含む)

類似名称による問題

タキサン系抗がん剤には「タキソール(パクリタキセル)」とは別に「タキソテール(ドセタキセル)」という名称が類似する薬剤がある。日本では発売開始がどちらも1997年でパッケージデザインが類似していること(毒薬指定のため販売名が黒地に白文字で記載)から、医師の処方箋のオーダー間違いやパッケージの誤認識による取り違えにより、重篤な症状や死亡に至る医療過誤が生じた。

このため医療機関では取り違え防止のために自主的に商品名ではなく一般名の「パクリタキセル」「ドセタキセル」を用いる対処をしたが、2008年12月8日に厚生労働省が『医薬品の販売名の類似性等による医療事故防止対策の強化・徹底について(注意喚起)』を発令し、以後承認される医薬品に販売名称が類似する製品がないかチェックするようになった。これを受けて先発メーカーのブリストル製薬サノフィの日本法人が正式に協議し、それぞれ外箱やバイアルのラベルに販売名より一般名を大きな色文字で強調表示する対応をようやく実施した。その後発売された同系統の後発医薬品では販売名そのものに一般名を含めるといった対応をしている。
誘導体

近年、主にパクリタキセルの副作用の緩和[22]を目的としてパクリタキセルの誘導体や薬物送達システム(DDS)製剤の抗がん剤の開発が進んでいる。
アルブミン結合パクリタキセル
nab-パクリタキセル(アブラキサン ABRAXANE)パクリタキセルをアルブミンで封入したナノ粒子製剤のアルブミン結合パクリタキセル注射用懸濁液。パクリタキセル誘導体のDDS製剤である。水に難溶性のパクリタキセルを溶解するために通常の製剤で使用されている溶媒ポリオキシエチレンヒマシ油(クレモホールEL)を含有しないため、投与時の副作用予防目的のステロイド剤などの前投薬を必要としない。アメリカアブラキシス・バイオサイエンス(Abraxis BioSciences)社で開発され、2005年1月に化学療法不応の転移性乳癌あるいは術後補助化学療法6ヶ月以内の再発乳癌を適応としてFDAにより承認された。日本では大鵬薬品工業が開発・販売権を取得し、現在乳癌胃癌・非小細胞肺癌に保険適応されている。
DHAパクリタキセル(タクサオプレキシン Taxoprexin)
腫瘍細胞に集積しやすい脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)をパクリタキセルと結合させたプロドラッグ。パクリタキセルの抗腫瘍効果は、腫瘍内でパクリタキセルがDHAから切り離されたときに発現する。
ポリグルタメート化パクリタキセル(OPAXIO)
血中から腫瘍に移行しやすいポリグルタミン酸をパクリタキセルと結合させたプロドラッグ。パクリタキセルの抗腫瘍効果は、腫瘍内でグルタミン酸ポリマーが分解されたときに発現する。パクリタキセルよりも副作用が軽減され、毒性が低いとされる。


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