この物語のジョーカーは信頼できない語り手である。ジョーカー自身も過去について確信がなく、複数の相反する記憶を持っていると発言している(「思い出すたびに、ああだったり、こうだったり … 過去がなきゃいけないっていうなら、好きなやつを選ばせてもらうぜ!」)。これにより本作が「非情な都市暴力と道徳的虚無主義に呑まれていく世界」を描いていることが強調されている[16]。 1989年アイズナー賞では本作が最優秀グラフィックアルバム部門を、作者アラン・ムーアも最優秀作家賞を受賞した。ヒラリー・ゴールドスタインはIGNコミックスで『キリングジョーク』を称賛して「間違いなくジョーカー史上最高傑作」と呼び、「ムーアのリズミカルな会話文とボランドの有機的なアートは唯一無二の作品を生み出している。真似る者は多いが、追い付く者はいない」と評した[13]。IGNはバットマンを主役としたグラフィックノベルのランキングで本作を『ダークナイト・リターンズ』と『イヤーワン』に次ぐ第3位に挙げた[17]。ジェームズ・ドネリーはポップ・シンジケートで本作を「とにかく20世紀最高のコミックの1つ」と呼んだ[18]。ヴァン・ジェンセンはComicMixへの寄稿で「[本作を再読すると]いつも、アラン・ムーアとブライアン・ボランドのコンビがページに込めた激しさ、残忍さ、人間性に改めて感嘆する」と書いた[19]。コミック史家ロバート・グリーンバーガー
社会的評価
批評家の反応
セブ・パトリックはデン・オブ・ギークで本作にやや厳しい評価を下した。「これまでに書かれた「バットマン」の中でも特に礼賛されている影響力が強い作品であり、ジョーカーの物語の白眉といえる」と評する一方で、『ウォッチメン』『Vフォー・ヴェンデッタ』『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』のような真に優れたムーア作品の域には達していないという[22]。 アラン・ムーアは後になって、本作をはじめとする自作がスーパーヒーロー・コミックに陰鬱な作風を流行させたことを後悔するようになった。本作のスクリプトそのものの自己評価も低く[10]、主題が浅薄だとみなしている[4]。2000年のインタビューでは、権力をテーマにした『ウォッチメン』や、ファシズムとアナーキズムを扱った『Vフォー・ヴェンデッタ』と比較して「それほどいい作品だとは思わない。何も興味深いことを言っていない」と述べている[23]。これにはムーアとDC社の不和も影響を与えていると見られる[4]。2003年には次のように述べている。 『キリングジョーク』はバットマンとジョーカーの物語だ。実人生で出合うようなことはまったく出てこない。バットマンとジョーカーはこの世のどんな人間にも似ていない。だからこの本は人間について何も教えてくれない … ああ、私が思うにこの作品は不出来なのに過大評価されていて、ヒューマンな意味での重要性はまったくない。DC社が所有する、現実世界とは何の関係もないキャラクターの話でしかない[24]。 2006年の『ウィザード
作者の反応
ボランドは本作の最終版に不満を持っており、発売までのスケジュールに余裕がなく自身でアートの彩色を行えなかったことを悔やんでいる(カラリストを務めたのはジョン・ヒギンズである)。「出来上がりは私が望んでいたようなものではなかった。アランの執筆歴で最高クラスの作品と同列だとは思わない」[26]2008年3月にはボランド自身によって全面的にカラーリングがやり直された『キリングジョーク』20周年記念ハードカバー版が刊行され、当初の構想通りのアートワークが公の目に触れることになった。同書は2009年5月に『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーリストに載せられた[27]。