ハンドウイルカ
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ハンドウイルカは餌を探すために反響定位(エコーロケーション)を行う。潜水艦ソナー魚群探知機などと同様に音波を発生し、その反射音により物体の位置や距離の測定を行う。発生するクリック音は、メロンと呼ばれる前頭部の器官によって屈折させられ、身体に対して正面の方向に集中して発せられる。ハンドウイルカののすぐ後(尾びれ側)にあり、外から見ると穴が開いているのだが、音は外耳孔ではなく下顎を通して内耳に伝わり、音として認識される。探知している対象物に近づくと、反射音が大きくなるが、ハンドウイルカは発生する音波の大きさを調整して対応する。一方、コウモリの反響定位やソナーの場合だと、反響音が大きくなる状況では、受信側の感度を下げて調整している。

眼は頭部横の両側に位置している。視力は非常に良い。眼球内部には輝板(光輝壁紙、タペタム)と呼ばれる組織があり、暗い場所に適応した構造を有している。対照的に嗅覚は非常に劣っている。

ハンドウイルカ同士は身体表現と音声によって互いにコミュニケーションを行っていると考えられている。声帯は持たないが、噴気孔近くにある6個の気嚢(きのう)を用いて、様々な音声を発している。個々のハンドウイルカには、自分自身を表現する「名前」(音)があり、他の個体に対して自分自身を表現することが可能らしい。約30種類程度の識別可能な音を使って音声によるコミュニケーションを行っているようであるが、まだ「イルカ語」として確認できてはいない。

ただし一頭のイルカに教えたゲーム内容が別の個体に伝わることから言語に相当する伝達手段を持つことが確認されている。エコー音で状況を直接イメージするように進化した脳を持つイルカが、わざわざ記号に変換して配列する体系の言語を採用する合理性は乏しく、そのような、イメージ中心で単語を補助的にしか用いない世界観に基づいた「イルカ語」はあったにしろ翻訳不可能であろうと言われている。

しかしイルカ用の人工単語を覚えさせて「このフリスビーを尻尾で触った後でそれを飛び越えよ」程度の文章なら理解できる能力を持つ。またこの実験により、イルカは「誰が」「何を」「どうした」の入った文章を理解したが、「いつ」「どのように」という文章は理解できなかったことが報告されている。この結果によりイルカの脳が持つ世界観の一端が伺われる。イルカの知能に関する記事としてはCetacean intelligence(英文)も参照のこと。
道具の使用と文化

1997年、西オーストラリアシャーク湾において、ハンドウイルカの道具の使用が報告されている。ハンドウイルカが海綿を咥えて砂地の海底で餌となる生物を探すのであるが、これは砂との摩擦による口吻の損傷を防ぐためであろうと考えられている[14]。この動作はシャーク湾でのみ見られる行動であり、ほぼ雌のみが行う。イルカの道具の使用としては、このハンドウイルカの行動が唯一知られているものである。更なる研究によって、この動作は母イルカが娘イルカに教えるものであることも報告されている[15]
生殖

雄の腹側には前後に並んだ2本の細長いスリットがある。前方のスリットには陰茎が収納されており、他方、後方のスリットは肛門である。雌のスリット(生殖孔)は1本であり、膣孔と肛門が収納されている。

雄が行う求愛行動は複雑であり、雌に寄り添ってポーズをとり、叩いたり、さすったり、口吻をこすりつけたり、噛んだり、顎をパクパクさせたり、叫んだりする。長い前戯の後で交尾する。交尾の際には、雌は身体を傾け、雄は雌の下あるいは横に潜り込むような体勢で腹部と腹部を合わせ、雄は収納していた陰茎を露出させ、雌の膣孔に挿入する。1回の交尾は10秒から30秒程度で終わるが、数分の間隔をおいて多数回繰り返して行う。

妊娠期間は12ヶ月である。出産は浅瀬で行い、時には「助産婦」(雌に限らず雄が行う場合もある)が補助することもある。通常は一子を産し、出産は尾側から行うのが普通である[16]。産まれた直後の子供の体長は1m程度である。

哺乳類であるから、人間などと同じで、母イルカは乳腺から母乳を分泌し、その母乳で子育てを行う。腹側の中央にあるスリット(生殖孔)の左右には各1本ずつのスリットがあり、各スリット内には乳首が1つずつ、合計2個の乳首が収納されている。授乳期間は12ヶ月から18ヶ月である。

仔イルカは最長6年間、母イルカと密接に一緒に過ごす。父イルカは子育てにはあまり興味を示さない。雌は5歳から12歳程度で性成熟するが、雄は若干遅く10から12歳で性成熟する。
分類学

以前より、多くの生物学者は、ハンドウイルカが複数のから成り立っている可能性に気付いていた。近年の分子遺伝学の進歩によって様々な新たな知見が得られている。多くの研究者は、ハンドウイルカは以下の2種からなるという説に同意している[17]
ハンドウイルカ (Tursiops truncatus, Common Bottlenose Dolphin)
ほぼ世界中の温帯から熱帯の海域に棲息し、体色は青みがかっていることもあり、くちばしから噴気孔にかけて濃い灰色の筋がある。
ミナミハンドウイルカ (Tursiops aduncus, Indo-Pacific Bottlenose Dolphin)
インド洋中国の南、オーストラリアなどに棲息し、背は濃い灰色で、腹は白く灰色の斑点を持つ。

ハンドウイルカ (T. truncatus) の亜種と考えられることもあるものとしては、以下が挙げられる。
Pacific Bottlenose Dolphin(T. truncatus gillii あるいは T. gillii)
太平洋に棲息し、眼から額にかけて黒い筋状の模様を持つ。
Black Sea Bottlenose Dolphin (T. truncatus ponticus)
黒海に棲息する。

古い資料ではハンドウイルカとミナミハンドウイルカが区別されていないため、そういったデータは2つの種の構造上の差異を決定する観点からはあまり役に立たない。そのため、IUCNレッドリストでは「情報不足」(DD:Data Deficient) に分類されている。

最近の遺伝子解析によると、ミナミハンドウイルカ (T. aduncus) はハンドウイルカ (T. truncatus) よりもスジイルカ属 (Stenella) のタイセイヨウマダライルカ (Stenella frontalis) に近いという報告もある[18]。分類に関してはしばらくは流動的な状況が続きそうである。
保護

ハンドウイルカは危険にさらされてはいない。現時点での生息数は十分多く、適応性も高いため、将来的にも生息数は安定していると考えられている。しかし一部の生息域においては、環境破壊による脅威がある。例えばスコットランドマレー湾における生息数は150頭程に減少しているが、さらに年間に約6%の個体が、水質汚濁や食料の減少によって死亡している。

アメリカの海域においては、海洋哺乳類の狩猟や危害を与えることは、ほとんどの状況下で禁止されている。


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