翌1894年7月4日、ドールはハワイ共和国の成立を宣言し、同国の最初で最後の大統領となった。
1895年1月に王党派による最後の大規模な武力蜂起が起きたが鎮圧され、1月16日にはリリウオカラニも私邸から大量の武器が発見されたという理由で逮捕され、廃位された。ドールはハワイをアメリカ合衆国に併合する条約を作り、この条約が成立したときハワイ準州の初代知事に任命された。 1898年8月12日、時のアメリカ大統領ウィリアム・マッキンリーはハワイのアメリカ合衆国領への編入を宣言し、同日イオラニ宮殿に掲げられていたハワイ王国国旗が降ろされて星条旗が揚げられた。この時、古来のハワイ住民らは悲しみの声をあげたという。これによりハワイはアメリカ合衆国の準州として編入され、王国の約100年間の歴史は完全に幕を閉じた。 ハワイは準州となった後も、表向きにはアメリカ合衆国の領土として扱われることはなかったが、名実ともにアメリカ合衆国領へと変貌していった。これは準州知事が設置されていながら、アメリカ合衆国自治領という形がとられたためであった。1959年8月21日には完全なアメリカ合衆国領としてハワイ州が成立し、今ではアメリカ合衆国50番目の州として認知されている。 1993年11月、アメリカ合衆国議会はハワイ併合に至る過程が違法だったと認め、公式に謝罪する両院合同決議をした[5]。「ハワイ憲法制定会議2008」はウェブサイト(HAWAII - INDEPENDENT & SOVEREIGN[※ 1])を開設している。 ハワイ王国は1840年の憲法制定により、政治的には立憲君主制をとった。この憲法により、ハワイ王国は国王を元首とし、勅選議員からなる上院と直接選挙による民選議員からなる下院とによって構成する二院制議会を置き、大臣を集めた会議を開いて行政を行い、国王の任命する長官を長とする司法府を置いた。地方行政は国王の任命する知事が管轄した。 リリウオカラニ女王の統治時代、故兄王の妃カピオラニの妹キノイキの婚先であるカワナナコア家に、カラカウア家に次ぐ王位継承権が付与された。女王の姪であるカイウラニ王女の死去により、カラカウア王家は1899年に断絶した。王国時代に定められた王位継承順位に則り、キノイキの長子カハレポウリが王太子を継いだ。しかし、カハレポウリは1908年に死去したため、後継はカハレポウリの長男カラカウア2世が、女王崩御の1917年に継承した。(名目上の)新国王カラカウア2世は幼君のため、叔父のジョナ・クヒオ・カラニアナオレ が摂政兼家長代行となった。1953年に他界したカラカウア2世には子がなく、姉のカピオラニが家長を継いだ。カピオラニの後は世嗣ケリイアオヌイが家長となった。ケリイアオヌイの嫡男が現当主のクヒオである。なお、居城だったイオラニ宮殿は、カピオラニ女王の姪、ケカウリケ 旧ハワイ王室は今日もハワイ州民の尊崇を受けている。2020年現在、家長はカピオラニ王女の嫡孫で、元ハワイ州下院議員のクエンティン・クヒオ・カワナナコア
アメリカ合衆国ハワイ準州
アメリカ合衆国ハワイ州
政治
国王
カメハメハ1世(初代、在位:1795年 - 1819年)
カメハメハ2世(第2代、在位:1819年 - 1824年)
カメハメハ3世(第3代、在位:1825年 - 1854年)
カメハメハ4世(第4代、在位:1854年 - 1863年)
カメハメハ5世(第5代、在位:1863年 - 1872年)
ルナリロ(第6代、在位:1873年 - 1874年)
カラカウア(第7代、在位:1874年 - 1891年)
リリウオカラニ(第8代、在位:1891年 - 1893年)
政治体制
現王室
カワナナコア王朝
初代(第9代):カラカウア2世
第2代(第10代):カピオラニ(英語版)(1903年 - 1961年、在位1953年 - 1961年 女王)
第3代(第11代):ケリイアオヌイ(英語版)(1924年 - 1997年、在位1961年 - 1997年)
第4代(第12代):クヒオ(英語版)(1961年 - 、在位1997年 - )
現家長
放送番組
NHK『その時歴史が動いた 第260回 幻のハワイ日本連合?カラカウア王・祖国防衛に賭けた生涯?』 2006年8月23日
注釈^ ⇒HAWAII - INDEPENDENT & SOVEREIGN
出典^ 創文 第 384?405 号 - p17
^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 金澤宏明「ハワイ王国の文化と社会-その変遷と多元社会の形成」『文化継承学論集』第2巻、明治大学大学院文学研究科、2006年3月26日、30-39頁。
^ a b c d e f g h i j k l 山倉明弘「19世紀末のハワイ王国滅亡における人種と帝国―立憲主義的ハワイ人支配の確立―」『天理大学学報』第73巻第2号、天理大学、2022年2月26日、15-43頁。
^ a b c “東京新聞:ハワイの王様 何しにきたの 120年以上前、横浜に”. 2008年10月19日時点の ⇒オリジナルよりアーカイブ。2024年3月15日閲覧。
^ ⇒Hawai‘i Statehood 50th Anniversary ハワイ州誕生50周年 ハワイ州観光局(Hawai‘i Tourism Japan:HTJ) ハワイ州観光局
関連項目