ノート:ヴァイオリン
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-- [Cafe] [Album] 2005年6月16日 (木) 09:14 (UTC)[返信]奏法はもう少しコンパクトにしたいですね。フラジオレットはヴァイオリンの奏法で特に重要というわけでもないので、フラジオレットの中に「ヴァイオリンのフラジオレット奏法」を移して記事内容を調整するのが良いと思います。ビブラートは真ん中の文を削ればすっきりするのではないでしょうか。ピチカートは現状でもそう違和感は無いと思います。たらこ 2005年6月22日 (水) 13:34 (UTC)[返信]

あと、難しいですが、分解図があったほうが良いかもしれませんね。知らない人が構造の項を読んだときに力木の位置などがわからないと思うので。たらこ 2005年6月22日 (水) 13:38 (UTC)[返信]中学生が見ても分かるように写真を何点か追加しました。たらこさんの要望には応えられませんでしたが。Hareno 2005年6月22日 (水) 15:35 (UTC)[返信]……「中学生が見ても分かるように」は皮肉ですか? そもそもこの分野に於いて"分かる分からない"は、学年は関係ないと思います。 湘新特快 2005年6月23日 (木) 09:25 (UTC)[返信]言葉が足りず、失礼しました。皮肉を言うつもりはありません。そもそも皆さんの年齢を知りません。私の言いたかったことは、まとまった文章には必ず対象読者、想定読者があるということです。百科事典の対象読者を考えると、特定の項目について何ら専門知識を期待してはならない(できない)と考えております。分からないことについて調べるというのが百科事典の目的ですから。ヴァイオリンでいえば、実物を一度も見た(触った)ことがなく、どうやって音を出すのか、そもそもギターとはどこが違うのか、なぜチェロのように似た楽器が色々あるのか、こういった疑問に答えて欲しいのです。小学校に上がる前からヴァイオリンを習っている子供たちもいますが、ここでは専門教育を受けていない層という意味で「中学生」という言葉を使いました。率直に「ヴァイオリンに触れたことがない方が」と書けば良かったと思います。Hareno 2005年6月23日 (木) 18:50 (UTC)[返信]
記事全般について関連書として石井弘氏の著書が載っていますが、あの本は一般的な読み物的には良いとしても、ヴァイオリンのことをきちんと知りたいと思う人に推薦できる図書かといわれると、ちょっと違うような気がします。「指導者・研究者」欄に、「奏者としてのほうが有名な人物は除外。」とありますが、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティルイ・シュポーアは19世紀前半の代表的なヴィルトゥオーゾの一人ですし、しかも作曲家としても著名でした。「奏者(ヴァイオリニスト)」欄に、「クラシック音楽についてはクラシック音楽の演奏家一覧を参照のこと。」とありますが、主立った演奏家の名前ぐらいはピックアップして紹介しても良いと思います。というのは、あの一覧からヴァイオリン奏者を探し出すのは大変ですし、、現在のリストの中から主要な演奏家が誰かを知ることも大変です。また、「クラシック音楽については」と言いながら、クラシック音楽以外のヴァイオリニストの名が書かれていないのもいかがでしょうか。「日本におけるヴァイオリンの歴史」欄に、「17世紀中頃にはすでにヴィオラ・ダ・ブラッチョが日本に伝わっていたようである。」とありますが、日本の南蛮文化の黄金期は16世紀であって、本稿の文面からだと、江戸時代に日本にヴァイオリン属が流入しているように読めます。これは、出島を通じてヴァイオリンも日本に入ったということでしょうか? -- 間久部緑郎 2006年1月9日 (月) 10:50 (UTC)[返信]『誰がヴァイオリンを殺したか』については、私も同意見です。関連人物についてはとりあえず整理してみただけなので、いい案があればそれに従って進めてもらえると助かります。クラシック以外についても加筆をお願いしたいところです。「日本における?」は16世紀の間違いでした、すみません。なおヴィオラ・ダ・ブラッチョとヴァイオリン属ではここでは一応区別して考えてあります。たらこ 2006年1月11日 (水) 15:15 (UTC)[返信]
拝見させて頂きました。

ヴァイオリンの構造や演奏方法から歴史までまとめてあってとてもすばらしい記事ですね。同時に思ったのが、この項目ではクラシック音楽におけるヴァイオリンについて書かれているようですが、今やヴァイオリンはクラシックのみならず多方面で活躍する楽器であるわけで、そろそろ他分野におけるヴァイオリンについての記事を作っても良いかと思ったのですが、いかがでしょうか?--オーブン 2007年1月9日 (火) 07:46 (UTC)[返信]
出典について

なんでも、出典を求めるのは、アラシの一つの形ではないでしょうか? あるいは、紙の本に対する信仰なのかもしれません。出典を要求するだけの意見に反対します。 青葉五月 2010年5月2日 (日) 15:29 (UTC)[返信]

ヴァイオリンの奏法の部分について一部編集させていただいた者です。

まず、ヴァイオリン奏法の記述が誰が記述しても確実に”独自研究”に当たる事は、絶対に避けられない事実です。

これは、ヴァイオリンの奏法のみに関して確実に言える事ですが、”正確な演奏の基準と言うものを記した書籍など存在しない”という事をまずご理解していただきたい。ありとあらゆる人によって様々な練習方法、演奏方法が紹介されている書籍は、数多あり、それはどれもが多種多様です。系譜を辿っていたとしても、その途中に独自に開発された手法等もあり、”絶対的なもの”と言うものが存在しません。


その事を十分ご理解していただけたうえで、私が過去に練習や指導の参考にしてきた書籍は、”Violin Playing as I teach it”などの
Leopold Auer著の書籍だと言う事を示しておきます。


要出典をつける事には否定は致しませんが、明らかに自明なもの、例えば、ヴァイオリン音楽-形成のクラシック音楽の、


” 19世紀になると名人芸的技巧がヴァイオリン曲の中心的要素とされ、高度な演奏技術を見せつける曲が多く出た。その極限がパガニーニである[要出典] ”


にまで出典を求めるのは、どうかとも思います。(19世紀初期当時の正確な状況が確実に分かる書籍を出典として示せというのはどう考えてもおかしいです。歴史を記した書や数多くの人により言い伝えられた事が正確なものかなんて一体誰が証明できるというのでしょうか?)


特に、奏法の基本姿勢の、 

” 右手による弓の操作をボウイング(bowing)と呼び、単純ながら熟練を必要とする[要出典]。 ”


これなどもはや自明の理であり、要出典をつける意図が全く理解できかねます。--203.202.219.196 2009年4月19日 (日) 17:10 (UTC)[返信]「ヴァイオリン奏法の記述が誰が記述しても確実に”独自研究”に当たる事は、絶対に避けられない事実です」「19世紀初期当時の正確な状況が確実に分かる書籍を出典として示せというのはどう考えてもおかしいです。歴史を記した書や数多くの人により言い伝えられた事が正確なものかなんて一体誰が証明できるというのでしょうか?」――まったく合意のできない主張です。


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