携帯型ゲーム機として任天堂はゲームボーイアドバンス(以下GBA)を展開中だったが、本機はGBAの「後継機」ではなく、ニンテンドーゲームキューブ、GBAに次ぐ「第3の柱」をうたい[4]、一から開発された新しいゲーム機である[5][6][注 2]。しかし本機が瞬く間に普及し、後に発売されたGBAの新型モデルであるゲームボーイミクロの売り上げも伸びなかったため、任天堂を含む多くのメーカーはDSに注力、事実上GBAの後継として展開された。
本機は液晶ディスプレイが2画面となり、下部のディスプレイのみタッチパネルに対応している。GBAと比べてボタン数が増加しスーパーファミコンに準じた数となる。
新たにソフトウェア媒体として採用されたDSカードはメモリーカードタイプの形状となり、従来のROMカセットのパラレル接続からシリアル接続に変更。従来のROMカセットよりも大量生産とコストダウンに優れており、大容量化にも対応できる。後に発売されたNintendo Switchに至るまで、このタイプのソフトウェア媒体が採用されている。
2006年3月2日には小型化された上位モデルのニンテンドーDS Liteが発売され、2008年11月1日にはゲームボーイアドバンスとの互換性を廃止した代わりに薄型化し、内蔵フラッシュメモリ、SDメモリーカードスロットを搭載したニンテンドーDSiが発売された。2009年11月21日にはニンテンドーDSiを大きくしたニンテンドーDSi LLが発売された。
後に続くニンテンドーDSシリーズの第1弾として発売された。シリーズは2016年までの12年間に渡って同社から発売され[1]、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}日米両国において最も売れたゲーム機となっている[いつ?][1][8]。
発売された一部のゲームはWii Uの配信サービスであるバーチャルコンソールで配信されていた(2023年終了)。
沿革
2003年8月 - 任天堂は今までとは異なる質の商品を開発していることを発表。
2004年
9月21日 - 任天堂、発売日と価格を発表[9]。北米では2004年11月21日に149.99ドル、日本では2004年12月2日に1万5,000円、オーストラリアでは2005年2月24日に199.95豪ドル。
11月21日 - 米国で発売。
12月2日 - 日本で発売。
12月13日 - 台湾で発売。
12月29日 - 韓国(韓国任天堂