ニッポン放送
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喫茶室(6CAFE、ロッカフェ)[128][129] - 旧本社に所在していた、3ロビ[注釈 30]喫茶に替わる、社屋内カフェでフジランドが運営。2021年3月15日をもって閉店し現在は自動販売機が置かれたフリースペースとなっている[130]


7階管理部門フロア

総務部(人事・総務)

コンプライアンス推進室

経理部[131]

応接室

医務室[132]

郵便室[133]

株式会社ミックスゾーン[注釈 31]


8階

役員室

秘書室


9階 - 会議室、NRN事務局

1 - 5会議室[注釈 32]

Studio Dolce[注釈 33]

プロジェクトルーム1、2

屋上ベランダ - 一部番組の中継[139]のほか、ここにニッポン放送の寒暖計と湿度計の観測ポイントがあり、各スタジオにデジタル表示され、番組内で「ニッポン放送屋上の温度計」として紹介される。配置される場所の関係からか北の丸公園に設置されたアメダスの観測ポイントでの数値とは誤差が出る。これを鑑みて上柳昌彦は両方の気温や湿度を読み上げる。


サテライトスタジオ

ニッポン放送は1960年代 前半、テレビに押され気味だったラジオの媒体価値を高めるべく、ラジオがより身近な存在である事をアピール。局舎以外に公開スタジオを設置する事となり、これをサテライトスタジオ(通称・サテスタ)と呼んだ。このサテスタ作戦は成功し、文化放送は追従したが、TBSラジオは街頭中継に力を入れた(=ラジオカーの増強)ため、追従はしなかった。
過去に設置されたニッポン放送のサテライトスタジオ所在地

新宿小田急百貨店2階。現在は三菱UFJ銀行の一部 1962年 - 不明)

新宿(伊勢丹内)

雷門サテライトスタジオ(浅草 常盤堂雷おこし本舗本店1階 現在は店舗の一部)

秋葉原シントクエコー[注釈 34])1階。跡地は建物の守衛室に流用されている 1970年 以降 - 1993年 以前)

池袋西武百貨店2階。現在は百貨店のディスプレイ)

銀座三愛ドリームセンター内)

西銀座サテライトスタジオ(西銀座デパート1階 現在は隣接していた宝くじチャンスセンターが増床。サテライトスタジオのさきがけ)

有楽町Radio Town(有楽町 読売会館 2階南側(ビックカメラ有楽町店内) 現在はビックカメラ有楽町店の一部 2001年6月 - 2004年3月)

中継車

4年毎に車両更新され、ラジオカーの最大出力は50W。中継は、霞が関ビルディング筑波山双子山に設置された基地局に送られ、そこから専用回線を使って本社に送られる。2018年時点の車両には、車体正面と側面にニッポン放送のロゴとフジサンケイグループの目ん玉マークが描かれている。また、FMカーの側面にはワイドFMのコールサインである「FM93」のロゴが描かれている。ロゴナンバープレートは希望番号制度導入以降、全車AM放送周波数の「12-42」にて登録されている。
歴史旧ラジオカー(車種:トヨタ・ランドクルーザー80)

1959年(昭和34年)12月12日に交通情報番組「ハイウエーニュース」を放送開始し、1961年3月27日に主要13交差点の混雑状況を報じる「交通ニュース」(1日4回放送)も放送開始[140][141]。「交通ニュース」ではアメリカのラジオ局にならい「ニッポン放送ヘリ情報」と題してヘリコプターから交通情報や報道を行っていたが、日本道路交通情報センターが設置されたためヘリコプターを廃止。その後1970年(昭和45年)3月2日に街角からのリポート・報道中継を目的として、中波民放ラジオ局としては初めてラジオカーを導入。その後、各局が追随した。当初は2台(セダン型の車両を使用 愛称:ニッポン1号・ニッポン2号 塗装は、緑と白の塗り分け)で、JAFのロードサービス隊員が乗車していた。
ラジオカー

1号車
トヨタ・アルファード[142]

2号車 日産・セレナ[143][144]

3号車 スズキ・エスクード[142]

FMカー

ラジオカーの電波が受信基地に届かない場合に、ラジオカーの電波を受信基地まで2段中継するために使われる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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