ドキュメンタリー
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そのため未だにドイツでは上映が禁止されている[注 2]

ナチス・ドイツは自らの活動について詳細に映像記録を残したが、このなかにはユダヤ人強制収容所の映像なども含まれていた。こうした、もともとはナチスの記録・宣伝用として撮られた記録映像を素材として使用し、反対にその犯罪性を告発した記録映画の代表作がアラン・レネ(フランス、1922-2014)の『夜と霧』である。
人類学映画

1930年代から、映画カメラは文化人類学のフィールドワークにも活用されるようになった。こうした映像を活用した人類学は特に映像人類学 (Visual anthropology) と呼ばれ、撮影された映像を人類学映画と呼ぶ。ここでは映像は記録者の主観的な解釈に影響される事のない絶対的な客観性をもった記録手段として捉えられている。

人類学映画は純粋に学術的記録であり、今日的な意味でのドキュメンタリーとは一線を画するが、ドキュメンタリー映画作家たちに一定の影響を与えてきたと言われる。
現代のドキュメンタリー

第二次世界大戦後、ドキュメンタリーは、産業映画・教育映画と呼ばれる分野から、新植民地主義資本主義への異議を唱えるものにいたるまで多様化し、さらにテレビジョンの登場・普及によってテレビ・ドキュメンタリーという放送を前提とした作品分野が登場した。

その中で、古典的スタイルのドキュメンタリー制作は深刻な社会的問題に連動して盛んに制作された。たとえばベトナム戦争の時代にはヨリス・イヴェンスは米軍の北爆に曝されるハノイに入り、市民の日常を撮影し て『ベトナムから遠く離れて』(1967年)や『北緯17度』(17e parallele: La guerre du peuple 1968年)を制作した。なかでも『ベトナムから遠く離れて』はクリス・マルケルジャン=リュック・ゴダールなどフランスの気鋭の映画作家たちとの共作となった。

日本人では、牛山純一がテレビドキュメンタリーとして『南ベトナム海兵大隊戦記』を制作した。日本においてはほかに『絵を描く子供たち』を制作した羽仁進水俣病を追及し続けた土本典昭三里塚闘争を描いた小川紳介、『ゆきゆきて、神軍』の原一男などが活躍した。

さらに8ミリ映画16ミリ (16 mm film) 映画、ビデオカメラなど廉価に扱える機材が普及したことで、極めて私的な世界を扱った個人映画も勃興した。たとえばジョナス・メカス (Jonas Mekas) の『リトアニアへの旅の追憶』(Reminiscences of a Journey to Lithuania 1972年)はアメリカに暮らす作者自身が生まれ故郷であるリトアニアを訪ねる様子を自らの撮影で構成した。一見ホームビデオ的な作品であるが、世界中で個人映画の記念碑的作品として支持された。

一方で、観客の劣情に訴える娯楽としてのドキュメンタリー映画もテレビ・ドキュメンタリーの普及以前には流行した。これらは世界各地の大都市の夜の風俗、退廃的・奇怪なイベント、欧米以外のアジア(日本も含む)やアフリカの民族の「野蛮な」風習を切り取ったものである。特にグァルティエロ・ヤコペッティの『世界残酷物語』(1962年)は海外旅行の珍しい時代に世界の奇習を紹介して大ヒットを記録し、以後1980年代前半に衰退するまでこの手のドキュメンタリーは数多く制作された(これらの映画はモンド映画と呼ばれている)。

これらのモンド映画は当初から多くのやらせを含んでいたほか、ヨーロッパの側から劣った東洋やアフリカを見るというオリエンタリズム的な視線があったことが批判されている。モンド映画ブームの後半にはやらせの手の内を見せる半ばフィクション的なものが登場したほか、観客もやらせの存在を暗黙の了解として楽しむようになり、やがてテレビによるショッキングな特集番組などに吸収されて消えていった。

また、ドキュメンタリーの制作技法がステレオタイプ化し、手持ちカメラなどドキュメンタリーに特有の技法を逆手に取って臨場感・本物感のあるフィクション(ドラマ)が制作されるようなケースが1970年代以降現れ、こうした手法はすでにハリウッドなどでも一般化している。さらに日本においては1980年代頃から伝統的な取材・構成形式の他に、ドラマとともに構成された「ドキュメンタリードラマ」 (Docudrama) (アメリカでは1970年代に確立された形式である)、クイズやスタジオでのトークショーなどを織り交ぜた「ドキュメントバラエティー」などが登場し、それぞれ一般化している。

1990年代以降、テレビ放送では「リアリティーショー」と呼ばれる、一定の極端な設定のもとでの、台本なし(という建前)の、視聴者から募った素人出演者など登場人物の言行を固定カメラで観察するというスタイルが世界的に流行した。この技法は真実らしく表現するという意味では、その監視カメラ的な映像故に斬新であったが、演出された(または虚構の)撮影対象を表現手法よって真実らしく見せてしまう実例が目立つ。

リアリティー番組や実話再現番組、警官密着番組(日本の警察24時、アメリカでは全米警察24時 コップス)などの隆盛により、人々が台本のあるドラマよりも真実やドキュメンタリーらしく見えるものを好みつつある傾向が明らかになってきた。また、2001年アメリカ同時多発テロ事件の影響でドラマは打撃を受け、一方で監督本人や素人が社会問題などに突撃するリアリティー番組に似たスタイルのドキュメンタリー映画が良い興行成績を出すようになった。『華氏911』や『スーパーサイズ・ミー』などはその例である。
ラジオ・ドキュメンタリー詳細は「ラジオ・ドキュメンタリー」を参照



ドキュメンタリーと報道の違い

社会問題を取り上げるという点においてはドキュメンタリーも報道も同じだが、森達也は、ドキュメンタリーは制作者の主観や世界観を表出することが最優先順位にあるのに対して報道は可能な限り客観性や中立性を常に意識に置かなければならないという違いがあると述べている[5]

また森は、中国人が作ったドキュメンタリー映画文化庁が助成したことを自民党一部議員が疑問視した結果として複数の映画館で上映が中止になった事案の発生に際し、ドキュメンタリーの本質について以下のように述べた[6]。自民党の有村治子議員が国会で、被写体となった刀匠が自分の映っている場面を削除してほしいと主張していると発言して、大きな波紋を広げています。ドキュメンタリーを作る立場から言えば、これはとても重要な問題を提起しています。事前に被写体に見せて了解をとる。これが前提なら映画をつぶすのなんて簡単ですね。ドキュメンタリーというジャンルは確実に滅びます。僕も、原一男マイケル・ムーアもみんな転職せねばならなくなる。自作の映画「A」を引き合いに出します。中盤に警察官による不当逮捕のシーンがあります。あの警官が「俺の映っているシーンは使うな」と言ってきたら、ぼくはどうすればいいのでしょうか。あるいは映り込んでいる多くのメディア関係者、彼らの了解も得ていません。もちろん編集済みの映像も見せていない。ならば上映できないのでしょうか?ドキュメンタリーは現実を切り取って、その断片を素材に再構成した自己表現です。人権や規範を最優先にしていては何も撮れなくなる。稲田議員は試写会の前にこう言いました。「客観的でなければドキュメンタリーではない」と。僕はこれでキレました。冗談じゃない。ドキュメンタリーは主観です。作る側の思いです。メディアについてもっと鋭敏な感覚を持たなければならない政治家が、この程度のリテラシーしか持て得ないのならあまりに情けない。 ? 森達也、創出版『映画靖国上映中止をめぐる大議論』「2008年4月14日MIC/JCJ主催の集会での講演」p58-60
サブジャンル

ドキュメンタリーにはいくつかの小ジャンルが存在する[7]。(リアリティ番組#「構成のない」ドキュメンタリーも参照のこと)

ダイレクトシネマ(英語版)(direct cinema)- ナレーションインタビューBGMを排除したドキュメンタリー。日本では想田和弘が観察映画と称して制作している。

セルフドキュメンタリー(Self documentary/Participatory documentary)- 作者が自らや家族などの周辺人物を撮影対象としたドキュメンタリー。参加型ドキュメンタリーとも。

フェイクドキュメンタリー (Mockumentary)- モキュメンタリ―とも。ドキュメンタリー調に制作されたフィクション。

リアリティーショー(Reality television) - 現実に起こっている劇的な状況に一般人出演者たち(無名の芸能人なども含む)が直面するさまを映し出したドキュメンタリー。主にテレビ番組で放送される。恋愛リアリティーショーや調査・捜索番組などが主な例である。

インタビュードキュメンタリー(Interview documentary) - インタビューを基調として構成されたドキュメンタリー。


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