ドイツ人民警察
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警察官の初期訓練は国家人民軍地上軍が担当しており、1963年から士官学校で、1971年からはドレスデンのヴィルダー・マン(ドイツ語版)にある士官学校にて行われた。

エルンスト・テールマン人民警察学校(VP-Schule "Ernst Thalmann")?ノイシュトレーリッツ

法務官学校(Schule fur Abschnittsbevollmachtigte)?ヴォルフェン(ドイツ語版)

鉄道警察学校(Transportpolizei-Schule)?ハレ

ハンス・バイムラー(ドイツ語版)交通警察学校(Verkehrspolizei-Schule "Hans Beimler")?マクデブルク

諜報学校(Schule des Nachrichtenwesens)?ドミッチュ(ドイツ語版)

内務省警察犬特別学校(Spezialschule des MdI fur Diensthundewesen)?プレッチュ(ドイツ語版)

内務省医療特別学校(Spezialschule des MdI fur medizinische Dienste)?マクデブルク県(ドイツ語版)

ハイリヒ・ラウ(ドイツ語版)内務省技術学校(Fachschule des MdI "Heinrich Rau")?ラーデボイル(ドイツ語版)

ヴィルヘルム・ピーク内務省技術学校(Fachschule des MdI "Wilhelm Pieck")?アッシャースレーベン(ドイツ語版)

カール・リープクネヒト人民警察大学校(Hochschule der VP "Karl Liebknecht")?東ベルリン・ビースドルフ(ツェツィーリエン通り)

アルトゥール・ベッカー(ドイツ語版)機動隊士官候補生学校(Offiziershochschule Bereitschaften "Artur Becker")?ドレスデン(現在はザクセン州刑事警察本部)

フンボルト大学ベルリン犯罪捜査学部(Humboldt-Universitat zu Berlin /Sektion Kriminalistik)?東ベルリン

人民警察は約8万人の常勤警察官と17万7500人の協力者がいた。

1990年10月3日西ドイツに東ドイツが加盟した折、警察機構は統一ドイツの連邦政府と各州政府に移管された。人民警察の警察官は約40%がこれに残留した。
制服

ストーングレーの制服を着用した兵営人民警察(Kasernierte Volkspolizei、 国家人民軍の前身)を例外に、全ての人民警察職員は同様の制服を着用した。任務や気候に応じて、夏服や冬服など素材が異なる種類があった。ほとんどの制服(勤務服、半礼装、パレード服)は灰緑色だが、交通警察の職員は濃紺の制服を身に着けていた。将校用の制服はより高級な布地で、下士官の制服と区別されている。活動服及び勤務服は、後に警邏任務とその他公務の為の通常装備となった。制服の種類は多岐にわたるが、代表的なものとして活動服、勤務服、半礼装、パレード服に大きく分類される。

活動服(Felddienstuniform)は兵営人民警察のみで使用され、後に国家人民軍の制服となった。これは野戦帽(もしくは制帽鋼鉄製鉄帽)、黒色長靴、サスペンダー付革ベルトから成る。冬季にはキルティングされた迷彩柄の無いストーングレイ色のツナギを制服の上から着用することもあった。冬季制服には毛皮帽ないし鉄帽、ブーツ、ニット地の手袋、ベルト、サスペンダーが含まれていた。

勤務服(Dienstuniform)のうち、夏季勤務服はブラウスのようにたるませた上着、ズボン、制帽を含み、将校向けに用意された。冬季勤務服は、ボタン留めの大きな張付ポケットを4つ備えた上着、黒色ベルト、制帽、乗馬ズボン、シャツネクタイ、長靴を含み、将校及び下士官向けに用意されていた。長いベルト留めのオーバーコートを着用する場合もあった。

半礼装(Ausgangsuniform)は、細部を除いて全ての階級で同様のものであり、非番などの際に着用された。制帽、ジャケット、ズボン、黒革靴が含まれる。シングルジャケットは白ないし灰色がかった緑色のシャツと緑色のネクタイと共に、帯革を巻かずに装着された。将校は、白いシャツと共に着用する事が多かった。夏季はネクタイとジャケットのいずれかを略することが出来た。ダブルジャケットは、将校及び下士官が任意に着用することが許されていた。

パレード服(Paradeuniform)は、将校の場合は半礼装の上着に全ての勲章及び装飾品を取り付けたもの、乗馬ズボン及び乗馬ブーツ、鋼鉄製鉄帽(1950年から1960年代後半までは警察用シャコー帽も可)、ワイシャツ、緑ネクタイ、そしてシルバーグレーのパレード用帯革の左側に儀礼用短剣を吊るす。儀仗隊の将校はサーベルを帯刀した。冬季にはオーバーコート、スカーフ、手袋を着用した。

作業服(Arbeitsuniform) に分類される制服は、季節や天候により着用するものとされた。一般的に活動服、半礼装、冬季用ツナギに類似しており、黒く染められていることもあった。雑役要員や整備要員がこれを着用した。カバーオールは下級兵卒、特に大型車両や航空機要員に使用される。雑役監督や技術将校は、実験室スタイルのスモックを着用する。

その他の制服も存在する。高級将校は、時折白い制服、もしくは白い上着を着用していたし、参謀将校は参謀用制服を着用していた。女性職員は上着、スカートないしスラックス、ブラウス、帽子、ブーツないしパンプス、および季節ごとにその他さまざまな制服を着用した。交通警察、オートバイ、装甲車乗員などは制服の他にも特殊な装備品が存在した。また1940年代から1950年代にかけて旧秩序警察及び刑事警察の制服をそのまま着用した警察官の姿も見られた。

ブランデンブルク門の開放に備える勤務服姿の機動隊員。(1989年)

PPSh-41短機関銃を装備した鉄道警察の戦闘部隊。ベルリンの壁の建設を支援した功績を称えて、自由ドイツ青年団から表彰状を受ける式典。(1961年)

東ベルリンの女性交通巡査。(1949年)

バイクに乗る警察官。(1948年)

農業機械の他地域への出張を支援するため、地図を確認する白バイ隊員。(1972年)

兵科色

人民警察の制服は当初緑色の兵科色を備えていたが、後に青色の交通警察を除き白色に戻った。


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