ドイツマルク
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マルクは、1871年ドイツ帝国統一以来のドイツの公式通貨だった。ワイマール共和国時代の1920年代初頭に、マルクはハイパーインフレーションを経験したが、ドイツマルクは西ドイツへと続く統一ドイツの経済力および安定の象徴となった。東ドイツでは東ドイツマルク(オストマルク)が使用された。

ドイツマルクは、1948年第二次世界大戦後の東西ドイツの分割が恒久的なものと考えられた後、西側勢力によって導入された。それは、西ドイツをインフレーションから救うためであったが、東ベルリンのソビエト連邦政府当局の怒りを呼び、1949年ベルリン封鎖に結びついた。

西ドイツが戦後復興を遂げて経済大国となり、アメリカ合衆国ドル日本円と共に、国際通貨特別引出権として流通していた。またドイツの歴史経験から、インフレーションを警戒するドイツ国民が、ドイツ連邦政府とドイツ連邦銀行の慎重な財政・通貨政策を支持しており、そのことへの世界からの信頼から、経済規模では日本を下回っていたにもかかわらず、準備通貨としての被保有高は、米ドルに継ぐ2位であった。日本円とともに、戦後米ドルに対する価値が上昇した数少ない通貨の一つである。

東欧革命後は東欧諸国の基軸通貨となり、1997年にはブルガリアレフが、1998年にはボスニア・ヘルツェゴビナ兌換マルクが、ともにドイツマルクとの固定相場制とされた。また、1999年にはモンテネグロコソボ(当時は国際連合の任務であった)がドイツマルクを自国通貨として採用した。これらの地位は全てユーロに引き継がれている。
貨幣[ソースを編集]

ドイツマルクには紙幣と硬貨があり、ドイツ連邦銀行が発行していた。紙幣は5・10・20・50・100・200・500・1,000マルクの8種類、硬貨は1・2・5・10・50ペニヒと1・2・5マルクの8種類が発行されていた。硬貨の材質は、1ペニヒと2ペニヒがメッキ鋼鉄、5ペニヒと10ペニヒが黄銅メッキ鋼鉄、50ペニヒ以上が白銅となっていた。

ドイツマルクの紙幣(1991年発行)券面額面サイズデザイン日付
表面裏面表裏印刷開始流通開始印刷停止流通停止
5122 × 62 mmベッティーナ・フォン・アルニム詩人ブランデンブルク門1991年8月1日1992年10月27日2001年12月31日Indefinite
10130 × 65 mmカール・フリードリヒ・ガウス数学者六分儀1989年6月2日1991年4月16日
20138 × 68 mmアネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ、詩人羽ペンブナの木1991年8月1日1992年3月20日
50146 × 71 mmバルタザール・ノイマン建築家ヴュルツブルクの司教館1989年6月2日1991年9月30日 [要出典]
100154 × 74 mmクララ・シューマンピアニスト作曲家ピアノ
200162 × 77 mmパウル・エールリヒ細菌学者顕微鏡
500170 × 80 mmマリア・ジビーラ・メーリアン画家タンポポ1991年8月1日1992年10月27日


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