トロント
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スラム街となっていたいくつかの区域は、現在の金融街や先端医療の研究機関が集中するリサーチパーク(ディスカバリー地区)へと様変わりしている。1920年代、急成長にもかかわらずカナダ国内におけるトロントの人口と経済力は、より歴史あるモントリオールに甘んじて2番目だった。それでも1934年には、トロント証券取引所が国内最大の証券取引所となる。

第二次世界大戦後、戦争で荒廃したヨーロッパからの難民が流入し、またイタリアポルトガルからは出稼ぎの建設労働者が到来した。1960年代後半に人種別移民受入政策が撤廃されて以来、世界中から移民がやって来るようになった。1951年にトロントの人口は100万人を超え、以後大規模な郊外化現象とともに1971年には200万人を突破した。1980年代にはトロントの人口はモントリオールを抜いてカナダ最大となり、カナダ経済最大の拠点となった。この時期、ケベック州で再び独立の動きが強まったことで政治不安が広がり、多くのカナダ企業と多国籍企業は本社をモントリオールからトロントやカナダ西部の都市へと移転させた[10]

トロント市は1954年に発足した地方自治体メトロポリタン・トロントの一都市として組み入れられた。戦後のブームで郊外の急速な発展が進み、メトロ政府は土地利用と公共サービス提供の効率化のために、市町村の枠組みを超えて高速道路・公共交通機関・水道事業などのサービス提供を行った。1967年、メトロポリタン・トロントはメトロ内の7つの小さな町や村をより大きい都市へと統合し、トロントとその周辺の都市、イーストヨークエトビコノースヨークスカボロヨークの6つの都市で構成されるようになる。1998年にメトロポリタン・トロントは解体され、この6つの都市を合併し、現在の新制トロント市が誕生した。州の地方行政区では単一層自治体に位置づけられ、大きな行政権を持つ。
21世紀

2003年に発生したSARSアウトブレイクでは、感染の中心地の一つとなり注目を集めた[11]

2009年3月には市制施行175周年を迎えた。2010年6月にはG20サミットの開催地となり、カナダ各地域の警察官からなる統合治安部隊が組織され、サミット期間中のトロント中心部の警備を担った。直前に開催されたG8サミットと併せたこの治安維持活動はカナダ史上最大の規模となり、1,000人を超える逮捕者数もカナダ史上最大となった[12]
地理トロント上空から衛星写真詳細は「トロントの地理と気候」を参照

トロントの面積は630.18 km2(243.21 sq mi)であり、東京23区ソウルマドリードとほぼ同じ大きさである。南北の長さは最大21km、東西の長さは最大43kmあり、横長の台形のような形をしている。湖岸の全長は46km。南はオンタリオ湖と、西はエトビコ・クリークとハイウェイ427号線と、北はスティールズ通り(Steeles Ave.)と、東はルージュ川と接し、それぞれが境界線となっている。
地形

トロント湾を東西に挟みこむように、市西部を流れるハンバー川と市東部を流れるドン川の2つの川があり、加えて数多くの支流が街を縦断する。トロント湾は湖の水流からの土砂の堆積によって自然に形成され、同様にトロント島やレズリーストリートスピットが形成された。小川と川が多いことから森林密度の高い峡谷が広がっており、公園や娯楽ハイキング用の小道を楽しむ理想的な場所になっている。しかしながら、峡谷は都市を格子状に設計することを阻んでおり、いくつかの通りは峡谷によって通りが分断され、またブロアー通りなどの大通りも陸橋で谷を跨ぐこととなった。これらの深い峡谷は集中豪雨の際、雨を排水する役割を果たしているが、ドン川の近くなど、いくつかの地点では大きな洪水になりやすい。しばしば川から大量の水が下水処理場の貯水タンクに流れ込み、処理しきれずにあふれ出すことがあり、汚水を未処理のままオンタリオ湖へ排出することがある。

最終氷期の時代、現在のトロントは氷河前縁湖(英語版)であるイロコワ氷河湖(Glacial Lake Iroquois)に覆われていた。今日、イロコワ湖岸(Iroquois Shoreline)で知られる氷河湖岸の跡を断層に見ることができる。これはスカボロの断崖(Scarborough Bluffs)を形成した断層でビクトリアパーク通り(Victoria Park Ave.)とハイランド・クリーク(Highland Creek)の河口の間に沿ってよく見ることができる。そのほか、セントクレア通り(St. Clair Ave.)に沿ってバサースト通り(Bathurst St.)とドン川の間にも見ることができる。

トロントは高低差があまりなく、オンタリオ湖岸の海抜75mに対し、市内の北端に位置するヨーク大学近くの海抜は270mである。トロント港にある現在の湖沿岸の土地は人工によってできた埋立地で、19世紀中頃の湖岸は今より1kmほど内陸にあった。
気候ハイパークの桜

国内では南部に位置し、オンタリオ湖に接していることからトロントの気候はカナダの中では穏やかである。湿度の高い大陸性の気候でケッペンの気候区分では亜寒帯湿潤気候(Dfa)に分類される。夏は温暖で湿度があり、冬は一般的に寒い。ただし、夏は温暖と言えども日本では避暑地となり得る気候であり、冬はカナダ北部やアメリカ北西部の内陸と比べると温暖である。

四季がはっきりしているが、日々の気温に差があり、冬の寒い時期は特に気温差が大きくなる傾向にある。オンタリオ湖や他の五大湖の影響を受けやすく、湖に起因する降雪も見られる。

トロントの冬はときおり短期間ではあるが最高気温が ?10℃(14°F) 以下に下がることがあり、冷えた風の影響で体感温度がさらに寒くなることがよくある。スノーストーム(吹雪)は時折、氷や雨が混ざって降ることもあり、雪の影響で仕事や旅行のスケジュールが大きく狂うこともある。10月末から4月中旬までの期間であれば積雪の可能性がある。しかしながら、冬の期間に降り積もった雪が解けるほど気温が上がり、5?14℃(40?57°F) あるいはまれにこれ以上に暖かいこともある。また、特に冬季は市街地と郊外ではヒートアイランド現象により気温差が大きくなる。

夏のトロントは長期に渡って湿度が高いことを特徴とする。時には日中の気温が 30℃(86°F) を超えることもあるが、通常は一過性のものであり、長くは続かない。そのため、蒸し暑く感じる日はあるものの基本的には快適な気候である。春と秋は季節の移り変わりの時期で、一般に穏やかで涼しい気温になる。天気は乾燥したり雨が降ったりを繰り返す。同じ緯度にある内陸の地域と比べ、オンタリオ湖の影響を受けることから春や秋の訪れは遅く、気温は低めである[13]

降水量は年間を通じて分散しているが、通常、夏から秋にかけてが最も降水量の多い時期で、そのほとんどは集中豪雨として短時間のうちに降ることが多い。


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