トライアンフ_(自動車)
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アルミ板はひどく高価になり、自動車産業では大部分が鋼板を使用するようになった。1950年 トライアンフ・メイフラワー1955年 トライアンフ・TR2

1950年代初期に、トライアンフの名前はスポーツカー、スタンダードの名前はサルーンに使用されることが決定した。1953年に最初のTRシリーズとしてトライアンフ・TR2が発表された。TRシリーズはその後1981年まで生産された。奇妙なことに、TR2は前面にスタンダードのバッジが取り付けられ、ホイールキャップには「トライアンフ・グローヴ」があしらわれた。

スタンダードは小型サルーンをスタンダード・エイトおよびテンとして生産し、その後継車の開発に取り組んでいた。TRシリーズの成功は、トライアンフの名がスタンダードよりも市場向きの名称であると考えられることを意味していた。そして、1959年に発表された新車はトライアンフ・ヘラルドと名付けられた。イギリスで製造された最後のスタンダード車は、1963年にトライアンフ・2000によって取って代わられた。
レイランドとそれ以後1960年 トライアンフ・ヘラルド 948cc クーペ1955年-57年 トライアンフ・TR31970年 トライアンフ・ビデス Mk.2 コンバーチブル

スタンダード・トライアンフは1960年12月にレイランド・モーターズによって買収された。ドナルド・ストークスが1963年にスタンダード・トライアンフ部門の会長になった。更なる合併により1968年にはブリティッシュ・レイランド・モーターが形成された。

トライアンフは1959年にリヴァプールのスピークに組み立て工場を建設、その後も近代的な工場を徐々に増やし、年に10万台を生産できるようになった。しかしながら、生産施設が完全に活用されることは無く、最大で年3万台が生産されただけだった[7]。60年代から70年代にかけてトライアンフはジョヴァンニ・ミケロッティがデザインしたサルーンおよびスポーツカーで成功した。その中には16バルブの4気筒エンジンを搭載した73年型ドロマイト・スプリントも含まれた。この頃のトライアンフは信頼性が低く、特に2.5 PI(燃料噴射システム)はその噴射の問題が多発した。オーストラリアでは夏季の高温のため電気燃料ポンプの中で燃料が気化し、頻繁な誤動作につながった。燃料噴射システムは国際競争の中でその性能を証明していたが、それは海抜3,000フィート (910 m)以上の高地において燃料混合物を調整するための機能が欠けていた。ルーカスの燃料噴射システムは人気が無く、ルーカスはそれを更に開発しようとは思わなかった。スタンダード・トライアンフのディーラーは、関連工場やフィールドベースの訓練コースに出席するのを嫌っていた。

レイランドやブリティッシュ・レイランドの傘下にあった頃のトライアンフは、1970年代中頃に全ての自動車のモデルやブランドが短期間「レイランド・カーズ」としてまとめられた時期を除いて、大部分の期間「ローバー・トライアンフ」、後には「ジャガー・ローバー・トライアンフ」の名称で特別部門として生産が行われた。1973年 トライアンフ・スピットファイア

「ローバー・トライアンフ」として全てが新しく開発されたトライアンフは、TR7のみで、それは生産工場が3つ連続して閉鎖されたという不幸に見舞われた。スピーク工場はレイランド時代に十分に機能せず[7]、続いてスタンダードのオリジナルの工場であったカンリー、そして最後はローバーのソリフル工場であった。スピーク工場が閉鎖されたとき、TR7をベースとした生産車種の拡大計画(コードネーム「リンクス」のファストバックを含む)は終了した。4気筒のTR7と、短命に終わった8気筒拡大型のTR8は、ソリフル工場のロードカー生産ラインが閉鎖された時にその生涯を終えた。(工場自体はランドローバーの生産を続けた。)
トライアンフの終焉

トライアンフとしての最後のモデルはアクレイムであった。これは1981年に投入されたが、ホンダバラードオックスフォードのカウリーに所在する元モーリスの工場でライセンス生産した物であった。1984年に新型シビック/バラードローバー・200として生産されることとなり、トライアンフの名は消滅した。ブリティッシュ・レイランドの自動車部門もオースチン・ローバー・グループと名乗ることとなり、モーリスの名もトライアンフ同様消滅した。
現在の所有者1974年 トライアンフ・GT6 クーペ1976年 トライアンフ・TR6

「トライアンフ」の商標は現在BMWが所有している。BMWは1994年にローバー・グループを買収し、2000年にローバーを売却したが、その際に「トライアンフ」の商標は手放さなかった。ローバーを買収したフェニックス・コンソーシアムは「トライアンフ」の商標を買収しようと試みたが、BMWはこれを拒絶し、フェニックスがもしそれを主張するならば、取引は破談になると宣言した。「スタンダード」の商標はブリティッシュ・モーター・ヘリテージに譲渡された。同商標は現在もブリティッシュ・モーター・ヘリテージが保有し、同社は「トライアンフ」の商標もスペアパーツや現存するトライアンフ車の整備に関して使用することができる。

「トライアンフ」は「ライレー」や「ミニ」同様現在もBMWが保有している。2007年後半、「オート・エクスプレス」誌は、トライアンフがBMW傘下で復活するという噂が現在も続いているとし、新型のTR4のイメージ図と共に掲載した。BMWはこの件に関して公式にコメントしなかった。トライアンフ・2.5PI1973年 トライアンフ・ドロマイト・スプリント1982年 トライアンフ・TR7 カブリオレ1983年 トライアンフ・アクレイムトライアンフ・リンクス
車種一覧
戦前

車名エンジン年
トライアンフ・10/20
1393 cc 直列4気筒(1923-25)
トライアンフ・13/35、12.81872 cc 直列4気筒(1927-27)
トライアンフ・15/50、フィフティーン2169 cc 直列4気筒(1926-30)
トライアンフ・スーパー7747 cc 直列4気筒(1928)
トライアンフ・スーパー8832 cc 直列4気筒(1930)
トライアンフ・スーパー91018 cc 直列4気筒(1931)
トライアンフ・グロリア 101087 cc 直列4気筒(1933)
トライアンフ・12-6 スコーピオン1203 cc 直列6気筒(1931-33)


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