オルレアン包囲戦が始まる前に周辺の都市を次々と制圧、オルレアンを観察していた最中の10月27日、立っていた窓のすぐそばに砲弾が命中し重傷を負い、1週間後の11月3日に死亡した。後任にはサフォーク伯ウィリアム・ド・ラ・ポール、ジョン・タルボット、トーマス・スケールズの3人が任命されたが、ソールズベリー伯の戦死により戦局は膠着した[4]。
死後、爵位は唯一の嫡出子で一人娘アリスの夫リチャード・ネヴィルが継承した。 2度結婚しており、最初の妻は第2代ケント伯トマス・ホランド
家族
2番目はジェフリー・チョーサーの孫娘でトマス・チョーサーの娘アリス・チョーサー(1404年 - 1475年)で、彼等はバークシャーのビシャム・アベィに住んだが、子は生まれ無かった。ソールズベリー伯の死後未亡人となったアリスはサフォーク伯と再婚した。
脚注^ 実際にソールズベリー伯として叙爵されるのは1421年の事である。
^ ペルヌー、P330、清水、P113 - P114。
^ ペルヌー、P34、P336、清水、P125。
^ 堀越、P27 - P32、ペルヌー、P330 - P332、清水、P158 - P165。
参考文献
堀越孝一『ジャンヌ=ダルクの百年戦争』清水書院、1984年。
レジーヌ=ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著、福本直之訳『ジャンヌ・ダルク』東京書籍、1992年。
清水正晴『ジャンヌ・ダルクとその時代』現代書館、1994年。
イングランドの爵位
先代
ジョン・モンタキュート
(1400年剥奪)ソールズベリー伯
1421年 - 1428年次代
リチャード・ネヴィル