テルペン
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次にメバロン酸はリン酸化され、ホスホメバロン酸、さらにジホスホメバロン酸となる。その後、メバロン酸経路の最終生成物であるイソペンテニル二リン酸(IPP、C5)とその異性体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP、C5)へと変換される。メバロン酸経路をもつ真核生物および細菌ではメバロン酸からイソペンテニル二リン酸(IPP)までの3つの酵素反応はすべて相同な酵素群(GHMP酵素ファミリー)によって触媒される。一方、古細菌ではホスホメバロン酸からイソペンテニル二リン酸までの区間は真核生物・細菌とは別ルートで、2つの非GHMP酵素によって触媒される(変形メバロン酸経路)[4]イソペンテニル二リン酸とジメチルアリル二リン酸の生合成
イソプレン単位の縮合

次段階として、IPPおよびDMAPPはプレニル基転移酵素(プレニルトランスフェラーゼ;IPPS)によってさまざまなテルペンの基本骨格に誘導される。まずジメチルアリルトランストランスフェラーゼ(GPPS)によってIPP がDMAPPに結合してC10ゲラニル二リン酸 (GPP) が合成される。GPPはモノテルペン生合成の出発物質となる。ファルネシル二リン酸合成酵素(ファルネシル二リン酸シンターゼ;FPPS)はGPPにIPPを結合させてC15ファルネシル二リン酸 (FPP) を合成する。FPPはセスキテルペン生合成に利用される。さらにFPPを出発物質としてIPPが逐次結合することで、より長鎖のイソプレノイドが合成される。このイソプレノイド鎖の延長は基質(FPP)の末端(tail)にIPPの先端(head)が結合する(head-to-tail condensation)。IPPSは生成するイソプレノイド鎖の長さに応じて短鎖IPPS(C25まで)と長鎖IPPS(C30以上)に分けられる。GPPSおよびFPPSはともに短鎖IPPSである。両者はアミノ酸配列が相同で、共通祖先から分岐したと推定される。両者はすべての生物の共通祖先(LUCA)の時代にはすでに分岐していたと考えられている[5][6]。すなわち、何らかのイソプレノイドがLUCA以前から存在していた可能性が高く、イソプレノイドの起源は生物史の中で極めて古い。ただし、メバロン酸経路と非メバロン酸経路のどちらが先に存在していたかは結論が出ていない[7][8]

イソプレノイド鎖の延長にはいくつかの様式があり、関与する酵素も異なる。まずIPPSの基質(FPP)に対し結合するIPPの立体配置によって、IPPSはcis型とtrans型に分けることができる(イソプレノイド鎖の長さに関係なく)。関与するIPPSの種類に応じて合成されるイソプレノイドも異なる立体構造を有する。cis型IPPSとtrans型IPPSの間に進化上の繋がりはなく、それぞれ独立して進化したと考えられる。trans型IPPSは短鎖・長鎖どちらのイソプレノイド合成にも広く関与しており、一般にテルペンの生合成という場合、暗黙のうちにtrans型を指している場合が多い。一方、cis型IPPSは主に長鎖イソプレノイド合成にかかわるが、短鎖イソプレノイドを合成するものも見つかっている。cis型イソプレノイドにも重要な生理機能を有するものが含まれている(dolichol, bactoprenolなど)。

基質に対するIPPの立体配置以外に、結合する位置にも種類がある。最も広く分布しているイソプレノイド鎖延長反応は基質の末端とIPPの先端が結合するhead-to-tail condensationである。この反応を触媒するtrans型IPPSが上に記したように最も起源が古いと思われる。一方、基質の先端とIPPの先端が結合するhead-to-head condensation、さらにイソプレノイド鎖の中間に新たなIPPが結合して鎖が分岐するような結合を触媒するIPPSも一部の生物で見つかっている(head-to-middle condensation)。他にも例は少ないものの様々な結合様式が存在することがわかっている[9]。ただし、head-to-tail condensation以外の結合様式は生化学的には興味深いものの、生物界における分布は多くの場合限定的である(以下に記述するスクアレン合成酵素など例外もある)。

スクアレン合成酵素(SQS)により2つのFPP分子の先端同士が結合(head-to-head condensation)するとC30スクアレンが生成する。スクアレン合成酵素はtrans型IPPSと進化上関連している(アミノ酸配列が相同)。スクアレンはホパノイドステロールコレステロールフィトステロールなど)といったトリテルペンの出発物質となる。スクアレン合成酵素は真核生物ではsqs遺伝子、細菌ではsqsまたはhpnCDE遺伝子にコードされている[10]。head-to-head condensationではtrans型の立体配置しか見つかっていない。一方、ゲラニルゲラニル二リン酸合成酵素(CrtB)はFPPとIPPからジテルペンの基本骨格となるC20ゲラニルゲラニル二リン酸 (GGPP) を合成する。さらに、2つのGGPP分子が結合するとC40フィトエンが生成し、テトラテルペン(カロテノイド)の出発物質となる。GGPP分子の結合はFPP分子の結合と同様先端同士が結合する。実際、スクアレン合成酵素はフィトエン合成酵素から派生したと推測されている[11]各種テルペンの生合成
環化

スクアレンに至るまでテルペンの基本骨格が構築されたのち、各テルペンはさらに他の酵素によって修飾され様々なテルペノイドへと変換されてゆく。特にイソプレノイド鎖の環化によって様々な立体構造が可能になる。テルペン環化酵素(テルペン・シクラーゼ)は大きく3つのグループが知られている。1つ目の酵素グループはプレニル基転移酵素(trans型)やスクアレン合成酵素とアミノ酸配列に相同性が見られる(共通の祖先からそれぞれ進化している)。これらの酵素はC20ジテルペンまでの環化を触媒する。この酵素グループを特にテルペン合成酵素(terpene synthase)を呼ぶ場合もある。2つ目の酵素グループは1つ目の酵素群とは相同性がなく、C20ジテルペン以上のイソプレノイド鎖の環化を触媒する(現在C40イソプレノイド鎖までの環化が知られている)。詳しく研究されている例としてC30スクアレンおよびC30オキシドスクアレンの環化酵素がある。オキシドスクアレン環化酵素(ラノステロール・シンターゼなど)は真核生物において重要な役割をもつステロイドの炭素骨格を合成するのに対し、スクアレン環化酵素(スクアレン・ホペン・シクラーゼなど)は一部の細菌においてステロールと類似の機能を担うホパノイドの炭素骨格を合成する。スクアレン環化酵素がスクアレンを直接環化するのに対し、オキシドスクアレン環化酵素はスクアレンをエポキシ化したオキシドスクアレンを環化する。1つ目および2つ目のテルペン環化酵素グループは(互いに相同性はないが)進化の過程で密接な関係をもっている(αおよびβγモジュール)[12]。3つ目の酵素グループも他の2つの環化酵素グループとは相同性はなく、C40テトラテルペンの環化を触媒する。

真核生物および細菌では様々な環状テルペンが広く分布しているが、古細菌では一部にしか存在しない(カロテノイド)。古細菌ではイソプレノイド鎖(FPPやGGPPなど)は広く利用されているが、そこから誘導されるテルペンおよびテルペノイド類はほとんど見つかっていない。
分類

一般的にイソプレン単位の数によって分類される。イソプレン一分子は5つの炭素をもつため、基本骨格であるイソプレノイド鎖は5の倍数の炭素数をもつ。炭素数が5個のものはヘミテルペン (hemiterpene)、10個のものはモノテルペン (monoterpene)、15個のものはセスキテルペン (sesquiterpene)、20個のものはジテルペン (diterpene)、25個のものはセステルテルペン (sesterterpene)、30個のものはトリテルペン (triterpene)、35個のものはセスクアルテルペン (sesquarterpene)、40個のものはテトラテルペン (tetraterpene) と呼ばれる。接頭辞はギリシャ語に由来し、それぞれモノ (mono-)、ジ (di-)、トリ (tri-)、テトラ (tetra-) は1から4、ヘミ (hemi-) は半分、セスキ(sesqui-) は1と1/2、セステル (sester-) は2と1/2[注 1]、セスクアル (sesquar-) は3と1/2[注 2] を意味する。ただし、生合成が進み各種テルペノイドに誘導される過程で、炭素原子が付加されたり取り除かれることもあるため、炭素数が5の倍数にならないテルペノイドも多数ある。


構造によって非環式、単環式、二環式、三環式のように分類される場合がある。それぞれ分子内に0個、1個、2個、3個の環状構造を含む。さらに細かく骨格構造によって分けられることもある。左側がhead、右側がtail

また、イソプレン単位が繋がっている向きによって、「head-tail」「head-head」「tail-tail」のように分類される。メチル基が2個ついている側がhead、エチル基の側がtailである。
ヘミテルペン左からプレノール、3-メチル-3-ブテン-2-オール、チグリン酸、アンゲリカ酸、セネシオ酸、イソ吉草酸

イソプレン単位を1個だけ持つものはヘミテルペノイドと呼ばれる。よく知られているものはおよそ25種あるが、天然に見られるのはごくまれである。アルコール誘導体のプレノールや、カルボン酸誘導体であるチグリン酸アンゲリカ酸、セネシオ酸、イソ吉草酸が例である。
モノテルペン

モノテルペノイドは900種類以上知られており、すべてモノテルペン合成酵素によってゲラニル二リン酸から生合成される。反応は複雑なものであり、多様な構造を持つモノテルペノイドが作り出される。三環式のものはほとんど存在しないが、ボルナンの2,6位が架橋したトリシクレン、甲虫が分泌するカンタリジンが知られる。セスキテルペノイドとともに植物によって作り出され、精油の主成分を構成する。針葉樹の落葉などからなる森林の土には1立方メートルあたり1リットル程度のモノテルペノイドが含まれる。これは山火事が広がりやすいことの主な理由のひとつである。
非環式コリアンダーの種子にはリナロールが含まれる

代表的なモノテルペンはミルセンオシメン、コスメンである。ミルセンは月桂樹、オシメンはラベンダーの精油に含まれる。

リナロールバラ、ラベンダーに含有される。コリアンダーの葉やパルマローザ油ゲラニオールネロールを含む。シトロネロールシトロネラ油から、ミルセノールタイム油から得られる。


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