テネシーワルツ_(1974年のテレビドラマ)
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]
高津住男[1]
菊容子[1][2]
戸川京子[2]
スタッフ
プロデューサー:佐々木太郎[1]
監督:奥中惇夫[注釈 1]、松生秀二[2]
脚本:佐々木守[1]
音楽:秋吉薫[1]
撮影:椎塚彰[4]
制作:東海テレビ放送、人間プロダクション[1]
脚注
注釈^ 第1-10話のオールラッシュ後、局プロデューサーと対立し降板[3]
出典^ a b c d e f g h 奥中惇夫「テレビ映画監督一代記 仮面ライダーがエントツの上に立った日」筑摩書房 2004 p.276
^ a b c d e “ ⇒テネシーワルツ”. テレビドラマデータベース. 2023年9月6日閲覧。
^ 奥中惇夫「テレビ映画監督一代記 仮面ライダーがエントツの上に立った日」筑摩書房 2004 p.151-152
^ 奥中惇夫「テレビ映画監督一代記 仮面ライダーがエントツの上に立った日」筑摩書房 2004 p.151
外部リンク
⇒テネシーワルツ - テレビドラマデータベース
東海テレビ制作 昼ドラマ
前番組番組名次番組
私は許さない
(1973.11.26 - 1974.2.1)テネシーワルツ
(1974.2.4 - 1974.4.26)愛ぬすびと
(1974.4.29 - 1974.8.2)
表
話
編
歴
東海テレビ・フジテレビ系列 昼の帯ドラマ(13時台後半)
1960年代
(1964年 - 1969年)
1964年
雪燃え
暖流
われ泣きぬれて
1965年
新・自由学校
この世の愁い
ある落日
乱れる
1966年
午後の微笑
女の顔
愛しの太陽
体の中を風が吹く
1967年
日日の背信
燃える
夕陽沈むとき
白い十字架
1968年
五番町夕霧楼
誰がための愛
夏のわかれ
私ひとりの海
花は散るらん
1969年
二人だけの虹
窯ぐれ女
どっこいしょ
海は燃えていた
1970年代前半
1970年
乱れそめにし
遠い砂丘
白い旋律
出発
1971年
蒼ざめた午後
散りぬるを
殉愛
帰らざる雲
1972年
むらさき心中
真昼の月
夏からの手紙
その時がきた
経験
1973年
次ページ記事の検索おまかせリスト▼オプションを表示暇つぶしWikipedia
Size:40 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:undef