年が明けて1967年、キューバのカストロはゲバラの消息を探り、支援物資を届ける努力を続けていた。ラモンという偽名で戦闘を続けるゲバラは、貧しい農民の子を治療し、親たちに協力を求めた。だが、農民たちは外国人の多いゲリラ部隊を信用しなかった。ボリビア軍はゲリラが農民を奴隷にすると言い触らしていたのだ。
アメリカ寄りのボリビア政府は、カストロがボリビアでも共産革命を起こすのではと案じていた。官僚たちはゲバラがまだアフリカのコンゴにいると思っていたが、アメリカ軍はボリビアの特殊部隊の訓練を買って出た。彼らは、人気のある「英雄ゲバラ」がボリビア人に支持されることを恐れたのだ。
ゲバラは、自分とキューバ人ゲリラの存在を秘密にしていた。だが、捕虜から情報が漏れて、ゲバラの存在は政府軍の知るところとなった。シグロ・ベインテ炭鉱でストライキが計画されると、政府はゲリラ部隊と鉱夫たちの共闘を防ぐために、鉱夫たちを虐殺した。
ボリビア人民解放軍と名乗って戦闘を続けるゲバラ達。だが、新兵が補充できず、戦闘のたびに兵士の数は減って行った。ゲバラがボリビアに入って280日目には、ゲバラ自身の体調も悪化していた。喘息を患っているゲバラは、薬を切らしてしまったのだ。合流するはずだった別働部隊も、農民の裏切りで政府軍に待ち伏せされ、全滅した。
フェルナンドという偽名で部隊を率いるゲバラを、ボリビア政府軍が追い詰めて行った。ゲバラがボリビアに入って340日目、ユロ渓谷の戦闘で、ついにゲバラは捕虜となった。オルトゥーニョ大統領は、ゲバラを連行することなく現地での銃殺を命じ、刑は翌日に執行された。1967年10月9日のことだった。 役名俳優日本語吹替 カンヌでの上映後、ソダーバーグはそれぞれのフィルムから5分から7分のシーンをカットした[14]。その後、第46回ニューヨーク映画祭[15]、第33回トロント国際映画祭でも15分の休憩を挟んで上映された[16]。2008年11月1日、アメリカン・フィルム・インスティチュートのフェスティバルの一環としてグローマンズ・チャイニーズ・シアターで行われたロサンゼルス・プレミアでは、チケットが完売した[17]。 チェ・ゲバラの故郷・アルゼンチンでも2008年11月に上映されたが、首都ブエノスアイレスでは、チェに扮したデル・トロの巨大なポスターがそこかしこに貼られた。 2008年12月、キューバの首都・ハバナで行われる第30回新ラテンアメリカ国際映画祭、通称ハバナ映画祭 (Festival Internacional del Nuevo Cine Latinoamericano de La Habana
キャスト
チェ・ゲバラベニチオ・デル・トロ小山力也
ポンボ(ハリー・ヴィジェガス)
リサ・ハワード(英語版)ジュリア・オーモンド
タニア(タマラ・ブンケ)(英語版)フランカ・ポテンテ林真里花
ベニグノ(ダリエル・アラルコン・ラミレス)アルマンド・リエスコ
インティ(ギド・ペレド・レイゲ)クリスティアン・メルカド
アレイダ・マルチ(英語版)カタリーナ・サンディノ・モレノ冠野智美
フィデル・カストロデミアン・ビチル大塚芳忠
ラウル・カストロロドリゴ・サントロ福田賢二
カミロ・シエンフェゴスサンティアゴ・カブレラ檀臣幸
シロ・レドンドエドガー・ラミレス
イスラエル・パルドアルフレド・デ・ケサダ
フアン・アルメイダ・ボスケロベルト・サンタナ
ロヘリオ・アセベドヴィクター・ラスク
マリオ・モンヘルー・ダイアモンド・フィリップス木下浩之
ウルバノ(レオナルド・タマヨ・ヌニャス)カリ・メンデス
レネ・バリエントスジョアキム・デ・アルメイダ土師孝也
シュワルツ神父マット・デイモン[13]
通訳オスカー・アイザック
上映
日本公開に際しては、スタジオジブリの鈴木敏夫が「ゲバラのいない時代は不幸だ。