マイケル・キャンベルは、著書『Popular Music in America』で、ダンスロックについて「ポスト・パンクとポスト・ディスコの融合」と定義している。また、キャンベルはロバート・クリストガウの言葉を引用し、「1980年代に様々なDJが包括的な用語として使用していたダンス志向のロック」ともしている[8]。
一方で、オールミュージックはダンス・ロックについて「フィリー・ソウル、ディスコ、ファンクの影響を受け、それぞれのスタイルをロックやダンスと融合させ、1980年代および1990年代にロック・ミュージシャンによって演奏された音楽」と定義し、その例としてローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、デュラン・デュラン、シンプル・マインズ、INXS、ユーリズミックス、デペッシュ・モード、ザ・クラッシュ、ニュー・オーダー、ディーヴォを挙げている[9]。 ダンスクラブでは「ロック・ミュージックがディスコに取って代わる」と予想されていたが、代わりにポスト・ディスコやニュー・ウェイヴに加え、ポスト・ディスコが混在していた。ほどなくして、ダンス・ロックの第1陣として、ニュー・オーダー、プリンス、ヒューマン・リーグ、ブロンディ、トム・トム・クラブ、ディーヴォ、ダリル・ホール&ジョン・オーツ、トンプソン・ツインズ、ヘアカット100、ABC、デペッシュ・モード、スパンダー・バレエが登場した[2]。 1981年にクラフトワークはアルバム『コンピューター・ワールド』を発売してR&Bの聴衆を獲得し、アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック
歴史
その後ダンス・ロックは、ガービッジ、ノー・ダウト、ロビー・ウィリアムズ、シザー・シスターズ、ヤング・ラヴ(英語版)、フランツ・フィルディナンド、アークティック・モンキーズ、カサビアン、ザ・キラーズをはじめとしたオルタナティヴ・ロック・ミュージシャンに影響を与えた[9]。
主なダンスロック・ミュージシャン詳細は「:en:List of dance-rock artists」を参照
ミック・ジャガー[9]
デヴィッド・ボウイ[9]
ロッド・スチュワート[9]
デュラン・デュラン[9]
ニュー・オーダー[9]