タイガー演習_(1944年)
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Sボートの来襲―ライム湾の海戦

ライム湾の戦い
第二次世界大戦

矢印はイングランド南西部のライム湾を示す。

時1944年4月28日
場所イギリス海峡沖、ライム湾(英語版)のポートランド島
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯50度16分48秒 西経3度38分51秒 / 北緯50.28度 西経3.64750度 / 50.28; -3.64750座標: 北緯50度16分48秒 西経3度38分51秒 / 北緯50.28度 西経3.64750度 / 50.28; -3.64750
結果ドイツ軍の勝利

衝突した勢力
アメリカ合衆国
イギリス ドイツ国
戦力
コルヴェット1隻
戦車揚陸艦8隻Sボート2隻
被害者数
戦死746名
負傷者300名以上
戦車揚陸艦2隻沈没
戦車揚陸艦2隻損傷被害なし

4月28日早朝、ベルント・クルーク少佐が指揮するドイツ海軍第5高速戦闘艇隊に所属するSボートがライム湾へ来襲した。侵攻部隊の船団を護衛することになっていた2隻の艦艇の内、そこに居たのは1隻のみであった。コルヴェット「アザレア(英語版)」は単縦陣を組ませた9隻の戦車揚陸艦を嚮導していた。この陣形はドイツ側から見て容易な標的となったため、後に批判されている。本来、その場に居るはずであった2隻目の艦、駆逐艦「シミター」は戦車揚陸艦の1隻と衝突し、著しい損害を被って修理のためプリマスへの途上にあった[9]。また戦車揚陸艦とイギリス海軍司令部は異なる周波数を使用しており、アメリカ軍には情報が届いていなかったのである[1]。ドイツ軍のSボート2隻を視認したイギリス艦艇はコルヴェットに通報したが、アメリカ軍には連絡しなかった。サルクーム(英語版)の港を防衛していたイギリスの砲兵隊はSボートを視認していたが、同地に防備があることを秘匿するため発砲を禁じられていた[1]。戦車揚陸艦の内、少なくとも1隻はレーダーを搭載しており、接近する未確認の艦艇の存在を報告していた。しかし、それは友軍の船団に所属するものと誤認されたのである。

ドイツ軍のSボートがシェルブールを出航したのは、4月27日の晩であった。活発な無線交信を探知し、遂に船団を視認したのである[10]。そして午前1時30分から2時4分にかけて攻撃を敢行し、戦車揚陸艦2隻を撃沈した。これらには第7軍団第4師団第1特殊工兵旅団(1. Engineer Special Brigade)に属する兵員が搭乗していた[11][12]

戦車揚陸艦「LST-507(英語版)」は砲雷撃を受けて炎上した。

「LST-531」も命中弾を受け、同じく炎上する。これらは後に沈没した。「LST-511(英語版)」も2本の魚雷を受けたが、それらは不発であった。午前2時10分頃、さらに1本の魚雷が「LST-289」の兵員室、と艦尾砲を破壊する。しかし同艦は午後2時30分頃、自力でダートマスに帰還することができた。

他の戦車揚陸艦は全速で逃走し、さらなる攻撃を回避した。軍報によれば「LST-515」は引き返し、数名の生存者を救助している。
結果

最も多くの犠牲を出したのは、「LST-531」である。兵員744名と乗組員282名の内、生存者は290名のみであった。「LST-507」は戦死者13名と負傷者22名を出した。第1旅団は兵員413名を失い、負傷者16名を出す。第3206設営旅団は文字通り全滅した。士官251名の内、201名が命を落とすか負傷したのである。他の各中隊は、合わせて69名の戦死を報告した。犠牲者の完全なリストは存在しないが、記録文書は少なくとも749名の戦没者と重傷を含む300名以上の負傷者を挙げている。

「LST-511」は友軍に誤射され、被弾した。アメリカ陸軍は合わせて749名を失った。これはユタ・ビーチへの上陸戦で被った損害を上回る。さらに、アメリカ海軍からは198名の戦死者が出た[1]

イギリス海軍は損害を記録していない。
連合軍への影響

この事件は秘匿され、証人には箝口令が敷かれた。ドイツ軍の攻撃後、連合軍は機密を保持する10名の行方不明者を出す。これらの者は侵攻作戦の詳細を知っており、連合軍はその何名かが捕虜となって尋問を受け、情報が漏洩することを恐れたため、ノルマンディーにおける作戦を危険に晒さないよう、いくつかの対策が講じられた。ノルマンディーの上陸予定地点はドイツ軍の増援を受けていないか詳細に観察され、「ドーバー海峡から連合軍が侵攻する」というドイツ側の誤解を深めるべく、同海峡周辺の活動が強化された[13]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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