上述のような神々の遠さと悲劇的アイロニーは、『オイディプース王』において最も成功したかたちで見ることができる。自分が「父親を殺し母親とまぐわう」人物であることを知るためのオイディプースの「悲劇的探求」は、オイディプースが彼に対して宣告された神託から逃れるために行ったものではある。しかし、オイディプースはこの探求により、まったくの故意なく行った行動の結果を知ることになった。『オイディプース王』において顕著な、このアイロニーの完全性は、神々の残酷さ、あるいは無関心ゆえに引き起こされたと解釈されるべきではない。なぜなら、オイディプースは他の作品『コローノスのオイディプース』の中で加護される運命にあるからである[48]。敬虔なソポクレスによれば、「人間は理解はせずとも崇拝はする」ものであり、クレオン、オイディプース、イオカステーは、神々や神託を軽んじた対価を支払う。悲劇は人間の過ちゆえに引き起こされたのである[64]。 演劇様式の発展におけるソポクレス劇が果たした役割に鑑みると、ソポクレス劇は人間中心であると考えられるかもしれない。しかし、作品のタイトルには、たいていの場合英雄の名前がつけられ、英雄は他の人物とは対照的である。英雄の英雄たるゆえんは、「人間のいかなる援助からも自ら進んで離れていようとする振る舞い」によって確認される[65]。オイディプースの娘アンティゴネーは当初、妹のイスメーネー
ソポクレス劇の英雄像
これらの要素は『エーレクトラー』においても認めることができる。家族に見棄てられたヒロインは、弟オレステースの死を知り、妹クリューソテミスに助力を断られる。頂点に達した孤独の中で、エーレクトラーは「もうよい!わたくしが自らたった一人で企てをやり遂げましょう」と叫び、心を決める[72]。ジャクリーヌ・ド・ロミリーの解説によると、ヒロインをヒロインたらしめるのは孤独である[65]。『ピロクテーテース』においても、英雄はネオプトレモスが奪いに来た弓の他に何も持たず、ただ独り、見棄てられていた。
ソポクレスは、「英雄の選択」というモチーフを表現するにあたって、オイディプースという神話上の英雄に最良の適用例を見出す。『コローノスのオイディプース』において英雄は、息子たちに拒まれ、人を遠ざける盲目の放浪者である。孤独は作中でクレオンがオイディプースから娘たちを引き離すことにより、ますます強められ、倫理的問題も加わって、オイディプースが我が行いの報いはもう十分に何度も受けたと断言するに至る[73]。ソポクレスは、オイディプースを孤独から解放しない。オイディプースは町外れに住み、誰にも見取られることなく死ぬ[74]。しかしながら、この孤独こそが英雄の卓越性と神から与えられた特権を証し立てするものになる[65]。「ソポクレス悲劇の英雄は、他の悲劇の英雄と同じく、例外的な存在である。しかし、他者との違いはわずかしかなく、英雄は例外的な人間に過ぎない」[75]。
日本語訳
『ギリシア悲劇全集』 岩波書店
『(3)ソポクレース I』 1990年、ISBN 4000916033
『(4)ソポクレース II』 1990年、ISBN 4000916041
『(11)ソポクレース断片』 1991年、ISBN 4000916114
『ギリシア悲劇 II ソポクレス』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、1986年、ISBN 4480020128
元版『世界古典文学全集(8) アイスキュロス・ソポクレス』
筑摩書房、初版1964年、復刊2005年ほか、ISBN 4480203087
『希臘悲壯劇 ソポクレース』 理想社、1941年
『ギリシア悲劇全集 II』 人文書院、1960年
『ギリシャ悲劇全集 II』 鼎出版会、1978年
『古典劇大系 第一巻希臘編(1)』 近代社、1925年
『世界戯曲全集 第一巻・希臘編』 近代社、1927年
『世界文學大系(2) ギリシア・ローマ古典劇集』 筑摩書房、1959年
『ギリシア劇集』 新潮社、1963年
脚注[脚注の使い方]
注釈^ C. M. Bowra argues for the following translation of the line:After practising to the full the bigness of Aeschylus, then the painful ingenuity of my own invention, now in the third stage I am changing to the kind of diction which is most expressive of character and best.[30]
脚注^ a b c d e f g h i j Sommerstein (2002), p. 41.
^ a b c d Freeman, p. 247.
^ Suda (ed. Finkel et al.): s.v. ⇒Σοφοκλ??.
^ Encyclopaedia Britannica, Inc.
^ a b Sommerstein (2007), p. xi.