マリアは愛する夫と大切な子供達を奪われた怒りと嫉妬から、殺人に見せかけて命を絶つこと、その罪を憎いグレイスに着せることを考えた。巧妙な手紙を書きグレイスから呼び出されたように偽装し、二丁セットの銃の片方をグレイスの衣装棚に隠して証拠とする。そしてソア橋でグレイスを思い切り罵って彼女が逃げ去った後、仕掛けをした銃で自らの頭を撃ち抜き自殺を遂げたのだった[3]。この事件は殺人ではなく、変わらぬ愛を抱く一人の女性の悲しい復讐劇だったのである。 凶器のピストルに紐で重りを結びつけ、その重りでピストルを引っ張ることで現場から凶器を移動させ隠すことにより、自殺を他殺に見せかけるというこの短編のトリックには、モデルとなった実際の事件があった。それは、「ヨーロッパにおける犯罪学の創始者」といわれるハンス・グロスの著書に記されている事件である[4]。 この実際の事件は、早朝にドイツ人の穀物商が、橋の上で頭をピストルで撃たれ死亡しているのが発見されたことに始まる。凶器のピストルは現場に見当たらず、当初は強盗による殺人事件と考えられた。付近にいた浮浪者が一人、容疑者として拘束されたが、予審判事が死体の側の欄干に新しい不審な傷があるのを発見したことから、橋の下の水中を浚ってみることになった。その結果、水中から紐で結ばれたピストルと石が引き上げられた。そして鑑定が行なわれ、穀物商の頭部に残されていた弾丸はこのピストルで撃ったものだと確認されたのである。最終的に、困窮していた穀物商が高額の保険金を目当てに自殺したのだと結論付けられた。自殺では家族へ保険金が支払われないため、強盗に襲われたように偽装したと考えられている[5][4]。 ハンス・グロスはオーストリア人で、検察官・刑事裁判官・大学教授を経て1912年に犯罪学研究所を設立した人物である。ドイルがハンス・グロスの著書のうち何を参考にしたかは意見が分かれている。ベアリング=グールド
トリック
原型となった事件と本作を基にした現実の事件
シャーロキアンの赤月俊太はドイルがドイツ語に通じていることから『予審判事必携』の中の「穀物商事件」を参考にしたと考え、ドイルはオーストリアに近いスイスのダボスに滞在した時に『予審判事必携』を手に入れたのだと推理している[4]。
また、ドイルの遺品がオークションにかけられようとした時、本作のトリックを使って自殺を他殺に見せかけて、国外に流出するのを防ごうとした事件が起こった。 江戸川乱歩は『続・幻影城』の中で「ソア橋」について、自殺を他殺に見せかけるトリックはこの短編が初出であると記した。そしてE・C・ベントリーが傑作集「The Second Century of Detective Stories」で「ソア橋」を選出したことに同意し、「初めて使われたトリックという意味だけでも、一票を投ずる値うちがある」と評している[9]。 中島河太郎は探偵小説雑誌『宝石』に連載された『探偵小説辞典』の中で、「一人二役」のうち犯人と被害者が同一であるトリックを使用した作品の代表として「ソア橋」を挙げ、同様の例が江戸川乱歩の「一枚の切符」にあると評している[7]。 「ソア橋」の自殺を他殺に見せかけるトリックと同じトリックを使用した作品として、ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』(1928年)がある。これはドイルと同じくハンス・グロスの研究を基にして執筆されたと考えられている[7][8]。 ただし江戸川乱歩がトリックについて「後年ヴァン・ダインが「グリーン家」に於て敢て再使用したほどの魅力がある」と記しているように、先に発表された「ソア橋」の影響も考えられる[9]。 横溝正史の『本陣殺人事件』(1946年)は、「ソア橋」に影響を受けた作品として名を挙げられることがある。江戸川乱歩は『宝石』に掲載した「『本陣殺人事件』を読む」と題した批評の中で、トリックは「ソア橋」からのものだが、密室殺人と組み合わせた点に創意があると評し[10][8]、実吉達郎は「《トール橋》の子孫として最高の凝った境地に達した」と評している[11]。 『本陣殺人事件』の作中では、探偵役の金田一耕助が「ソア橋」の名を挙げ、「自殺を他殺と見せかけるトリックは探偵小説ではしばしば扱われるものなのです。
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