教育面では「中西部のアイビー」と自負するほどの難関校であり、2019年度のUSニューズ&ワールド・レポート誌によると、セントルイス・ワシントン大学の合格率は14%、SATの平均点数はアイビー・リーグに匹敵する高いスコアであった[4]。
2006年度には連邦政府から4億3400万ドルの研究基金を受け、全米で7番目に寄付金の多い大学としてランクされている。
設立当初はエリオット・セミナリー(Eliot Seminary)と呼ばれていたが、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンにちなみ、1854年にワシントン・インスティテュート(Washington Institute)、1856年に現校名(Washington University)に変更された。ワシントン州シアトルにある州立のワシントン大学や同州プルマンにあるワシントン州立大学との所在地における混同を避けるため、1976年に評議委員会によって「in St. Louis」がつけ加えられた。なお、本学を日本語で「ワシントン大学セントルイス校」と表記することがみられるが、本学はワシントン州のワシントン大学の分校ではないことに加え、本学自身もセントルイス以外に分校を有していないため、こうした日本語表現は適切とは言えない。 1853年に設立されたこの大学は、当初倉庫街の中心にあったが、1900年に開発中であった現在の場所に移動することを決定した。 近年では、1992年、2000年、2004年、続いて2008年に大統領、また副大統領候補の討論会の会場として選ばれている。[5] 本学のメインキャンパスであり、医学・薬学を除いた大半の学部が当キャンパス内に拠点を構えている。当キャンパスの大部分はセントルイス市の西側に隣接するセントルイス郡に属する。 セントルイス大都市圏の中心から15マイルほどの近さであるにもかかわらず、隣接するフォレスト・パークと共に自然豊かな環境である。キャンパス内の建物はゴシック様式で統一され、青々とした芝生とも合わさって景観が美しいことで有名であり、「全米で最も美しいキャンパス」のうちのひとつに選ばれている。[6] キャンパスの玄関とも言うべき建物はブルッキングズ・ホールと呼ばれ、1904年のセントルイス万国博覧会に使われた建物を移設したものである。また、キャンパス内にあるフランシス・フィールドは、1904年のセントルイス五輪のメイン競技場として利用された。 キャンパスの北西端と北東端にはそれぞれ駅が設置されており、後述のメディカル・キャンパスとの間をセントルイス都市圏の主要地下鉄であるメトロリンク
沿革
キャンパスの東西に立地し、西側にメインキャンパスであるダンフォース・キャンパス、東側にメディカル・スクールのキャンパスがある。このほか、ダンフォース・キャンパス近辺に北キャンパスと西キャンパス、ダンフォース・キャンパスから南西に20マイルほど離れた場所にタイソン・リサーチ・センターを有する。
ダンフォース・キャンパス
キャンパス内には世界的な建築家でセントルイス・ワシントン大学で教鞭を取ったこともある槇文彦が手がけたスタインバーグ・ホール、サム・フォックス・アート・センターがある。また、ダンフォース・キャンパスからフォーサイス通りを挟んだ南側には「サウス40」と呼ばれる学生寮街が広がる。 医学・薬学部が拠点を構えるキャンパスであり、セントルイス市の西端の繁華街であるセントラル・ウェスト・エンドという地区に立地している。メディカル・キャンパス内には
メディカル・キャンパス
バーンズ・ジュイッシュ病院
聴覚障害中央施設
セントルイス小児病院(英語版)
セントルイスリハビリテーション施設
サイトマン癌センター
先端医療センター
エリック・P・ニューマン教育センター
といった附属医療機関が立地しており、こうしたメディカルセンターの規模は全米でも屈指の大きさである。
メディカル・キャンパス内にはメトロリンクのセントラル・ウェスト・エンド駅が立地しており、ダンフォース・キャンパスとの間を地下鉄を利用して10分程度で移動可能である。