セラム
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これは、エチオピアの文化観光省の指示によるものだった[14]。その席上、この化石にもアムハラ語での名前が付けられるべきだという話になった(ルーシーもアムハラ語名「ディンキネシュ」を持っている)。「セラム」という名はその席上で聴衆から出され、アレムゼゲドらも賛同したことで付いた名である。偶然にも、アレムゼゲド本人の妻の名前も「セラム」だった[14]

これはアムハラ語で「平和」を意味する[15][14]。エチオピアは化石人骨が多く見付かっているが、その一方で民族対立が続いて交戦している地域もある。このセラムが見つかったディキカ周辺もアファール人とイサ人という2つの民族の対立から不安定な状況になっている[14]。「セラム」という愛称には、それらの地域に平和がもたらされるようにとの思いが込められているのだという[15][14]

もうひとつの名前「ディキカ・ベビー」は、アファール州のディキカ (Dikika) で発見されたことにちなんでいる[2]
保存状態と年代

前述の通り、セラムはその発見自体を高く評価する見解がある。それは、セラムの年代の古さ、年齢の幼さ、保存状態の良さの組み合わせに基づくものである。
年代

セラムが発見された地層を挟んでいる火山灰層をアルゴン-アルゴン法で測定した結果などから、彼女の年代が見積もられている。セラムはおよそ331万年前から335万年前の間に生きており[8]、埋もれている位置からは332万年前とされた[6]。前述のように、この年代はルーシーよりも古いものである。
年齢と性別

「ディキカ・ベビー」や「ルーシーの赤ちゃん」という愛称にも表れているように、この化石人骨は幼女のものであった。死亡時の年齢は3歳と見積もられている。この推測は、セラムの乳歯が全て生え揃っている上、生えていない永久歯も顎の中で形成過程にあることなどから導かれたものである[8][16]

性別の判定は、形成されていた永久歯の歯冠部を成体人骨から得られていた計測値と照合し、統計的処理を行うことで導かれた[8]ルーシーやAL444-2などの研究から、アファール猿人の性的二形の大きさは知られているが、第二次性徴を迎えておらずそうした特質が表れていない3歳児の性別は、こうした手法によって導く必要があったという[16][17]
保存状態

セラムの骨に、動物に襲われたりした傷跡は見られない。皮膚は残っていないが、埋没時には皮膚がついたままミイラ化したために、骨が散乱せずに済んだと推測されている[3]。死後にも動物に襲われずに済んだ理由については、河川の氾濫によって時間をかけずに土砂に埋もれたことから説明される[2][18]。このことは、同じ場所で発見された他の動物たちの骨の状態からも裏付けられている[15]。アレムゼゲドらは死後まもなく氾濫に呑まれたと推測していた[8]。ただし、セラムの死因は不明である[2][18]

幼児の骨には軟骨が多いなどの理由で、成人の骨に比べて残りにくい。しかし、上記のような好条件に恵まれたことで、良好な保存状態が保たれた。なお、セラムの次に古い幼児の骨格はシリアで発見されたネアンデルタール人のもの(約5万年前)で、セラムの古さや保存状態の良さを示すために、しばしば引き合いに出される[1][15][3][注釈 4]

発見された骨も多い。頭骨、胴体、肩甲骨などはほぼ完全で、脚の大部分も保存されており、残存部位は全体の約60%とも推定されている[19]。猿人幼児の断片的な頭骨ならば、いわゆる「最初の家族」[注釈 5]にも含まれていた。しかし、セラムはそれらと異なり、ルーシーでさえ失われていた顔面の骨がきれいに残されており[20]、状態の良い頭骨に下顎骨がくっついたまま発見された。後者の発見は、アファール猿人の形態的特質に関して新たな知見を付け加えたと評価された[17]。また、後述するように舌骨や完全な一対の肩甲骨などは、猿人では初めて発見された。
身体的特徴「アウストラロピテクス・アファレンシス」も参照

セラムの全身骨格は、上半身が類人猿に近く、下半身がヒトに近い[21]。彼女の発見は、アファール猿人の歩行に関して既に得られていた知見を裏付けるものであった。彼らは直立二足歩行をしてはいたが、体を揺すりながらであり、ずっと直立したまま歩き続けることはできなかった。まだ、彼らは樹上での生活に適応しており、普段はそちらでも暮らしていたと分析された[18][2]。現在でこそディキカ周辺は荒涼としているが、沼地、草原、森林が入り混じっていた当時の環境にはよく適合していた[22]。ただし、こうした分析については、後述するように異論もある。

セラムの脳の容量は約330ccである。これは同い年のチンパンジーとあまり変わらないが、成長遅滞が見られる点で重要である。セラムの脳は成体のものと比べて65%から88%の大きさで、チンパンジーの脳の成長速度に比べて発達がやや遅い[8][23]

これは、直立二足歩行をするようになったことで母体の産道がせまくなり、脳の大きな個体を生むことが難しくなっていることに対応したものと考えられている[23]。アファール猿人の成体の脳は大きいものでも530ccほどで、まだ脳が大型化しているとはいえないが、セラムによって、その時点ですでに脳の成長遅滞が認められることが明らかになったのである[23]

成長が遅い分、赤子は長い期間にわたって母親に掴まっていなければならないが、自分で母体にしがみつけるチンパンジーと異なり、アファール猿人は母親に抱えてもらっていたと推測されている[2][23]。直立二足歩行で両手を使えるようになった母親は、子供を抱えることができるようになった代わりに自分で餌をとることができず、それが社会性を育んだ可能性も指摘されている[2]。また、地面に置いた子供をあやす必要から、言語が発達したという仮説もある[2]
顔面

セラムには顔の骨も残されており、顔が前に突き出していることや鼻が低いことなど、原始的な要素を備えている[2]。他方で、眉の部分が比較的隆起していないことや犬歯が小さめであることなどから、サルの骨と区別することができる。セラムの発見も、地表に露出していた頭骨からそれらの特色が読み取れたことによって導かれたものである[2]

また、アウストラロピテクス属の中でA.アフリカヌスではなくA.アファレンシスと確定した根拠として、A.アフリカヌスと比べた場合の鼻骨の小ささと狭さなどが挙げられている[24][17]
内耳

セラムの頭骨はCTスキャンにかけられた。この分析は、アディスアベバには適切な機器がなかったため、文化観光省の許可を得た上で、ケニアナイロビに移送されて行われた[17]

それによってセラムの内耳三半規管も分析され、それは現代人よりも類人猿のものに近いとされた。三半規管は平衡感覚に影響するため、アファール猿人は現代人のように機敏な歩行は難しかったと推測された[4][25]
舌骨

セラムには現代のゴリラなどに似た舌骨も残っていた[26][8]


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