韓国語では、後述の通り2015年の混獲と放流まではナガスクジラと混同される場合が目立ったが、日本語による翻訳では現在も混同が著しい[16][17]。
セミクジラ属(Right Whale)は、同じく背びれを持たない黒い体を持つという点から、セミイルカ属(Right Whale dolphin)の名称の由来にもなっている[18]。現生のヒゲクジラの最小種であるコセミクジラ(Pygmy Right Whale)も、湾曲した口の形状からセミクジラ属に因んで名付けられた。
和歌山県にみられる姓の「勢見月」は、セミクジラに由来しているとされる[19]。
形態セミクジラの頭部(ブリストル湾)ブローの形状(ブリストル湾)
体長は13 - 20メートル、体重は約60 - 100トン[20]。同様に沿岸性であるコククジラやザトウクジラ、カツオクジラ(ニタリクジラ)等よりもかなり大型であり、標準的なザトウクジラの倍の体重に達する[20]。
頭部が大きく、全長の4分の1ほどを占める。口は大きく湾曲し[注釈 6]、最大2メートルを超す長大なクジラヒゲが生えている。腹部には、ナガスクジラ科に存在する畝は見られず、不定形の白い模様を顎や腹部などに持つ場合もある。背びれも持たず、上記の通り和名の由来にもなっている。他のセミクジラ属と同様に頭部隆起物(ケロシティ)を持ち、個体ごとに形状が異なるために個体識別に利用されている。
また、世界で最も精巣が大きい動物とされており、片側で約500キログラム、合わせて約1トンもある。陰茎も長さが3 - 4メートルに達し、一度に放出する精子の量も4.5リットル(1ガロン)になるとされる。セミクジラ属に特有の繁殖行動として、雄同士が暴力的な競合を行わず、代わりに複数の雄が雌と交代で交尾を行い、自らの大量の精子で他の雄の精子を排出する[注釈 7][23][24]。
本種(ジャポニカ)は3種存在するセミクジラ属の現生種でも最大の種類とされ、ロシアで全長19.8メートルに達する個体が記録されている[25]。また、全長20.7メートルで体重135トンの記録[26]や、全長21.3メートル前後という事例も複数存在するが[27]、21.3メートルという数値の正確性は不明確とされている[28]。
分類上は他の2種と近縁だが、遺伝子分類学の研究では、タイセイヨウセミクジラよりもミナミセミクジラとより近縁であると判明している。3種の形態上での差異はほとんど無いが、ケロシティ(カラシティ)[29]の位置・形状および量、付着生物の種類、体長および体色パターン、頭骨の形状、ひげ板の色と形状、胸鰭の対比サイズと形状などに差が見られる[27]。尾びれの形状にも個体差がある。
生態海藻で遊ぶ個体(アナカパ島, 2017年)ボートに接近する個体(アナカパ島, 2017年)ブリストル湾で超音波検査によって記録された鳴き声のデータ
生息数の少なさに起因し、分布など殆どの生態情報が解明されていない。
セミクジラ属は概して大人しくて好奇心が強く、「地球上で最も優しい生物」と称される事もあり[30]、数少ない近年の行動の観察事例でも人懐っこく遊び好きである事が示唆されている[31][32][33]。
他のセミクジラ属と同様に、海面では活発な行動(英語版)を見せる傾向にあり、ブリーチング(ジャンプ)、ヘッドスラップ、スパイホッピング、ペックスラップ、ロブテイリング、テイルスラップ等を行い、積極的に船に近づくこともある[31][32][33]。
上記の通り、セミクジラ科の呼称の由来の一つが人間への警戒心の薄さであり、本種も同様の生態ゆえに捕獲が容易だったことが記録されている[34]。しかし、捕鯨時代には捕殺が深刻化するに従って人間への警戒心が強まったためか、捕鯨船によって接近することが難しくなったとも記載されている[34]。
このため、現状の残存個体の調査においても、調査船が近づくと鳴くのを止めたり遊泳や潜水のパターンを変えるため、調査自体にも支障が出ている[4]。
セミクジラ属においては、本種とホッキョククジラが「歌」を歌うことが判明している一方で、他のセミクジラ科には歌うという習性が確認されていない[35][36]。 ヒゲクジラ類は互いに平和的な交流をする事が知られ、全てのセミクジラ属は特にザトウクジラとの交流が確認されている。ミナミセミクジラは、モザンビークやブラジルの沿岸でザトウクジラとの交尾行動またはその練習と思わしき行動の観察事例が存在する[37][38]。また、セミクジラ属は他のヒゲクジラ類や魚類[注釈 8]とは餌の競合関係にあるが観察上では問題なく共存しており[39][40]、北太平洋でもセミクジラがザトウクジラの繁殖グループと思わしき集団に混じっていたり、ザトウクジラとナガスクジラに混じって回遊している観察例が報告されている[41][42][43]。 共に極めて沿岸性であるコククジラとの関係が如何なるものかは不明である[注釈 9]。これらの種間交流は複数確認されており、興味深い事例として1998年にカリフォルニア沖で2頭のコククジラがセミクジラに対する攻撃行動を取り、過去から現在に至るまでヒゲクジラ間で観察された唯一の攻撃行動例とされている[42]。一方で、この1998年の観察例では件の2頭以外のコククジラはセミクジラに対して攻撃行動を見せず[注釈 10]、2012年にはサハリン沿岸で絶滅危惧のニシコククジラの群れに混じるセミクジラ1頭も観察されており[44][45]、1998年の記録が異例的であったことがうかがえる。
種間交流