スーパーヒーロー
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スーパーヒーローに先立ち、ロビン・フッドのような民間伝承の英雄は特徴的な装束を纏っていた[2]1903年スカーレット・ピンパーネルとそのスピンオフには独自の衣装覆面をした復讐者、秘密の正体という特徴がすでにあった。その後まもなく、パルプ・フィクションコミック・ストリップに連載された、覆面と衣装を着たキャラクターである怪傑ゾロ(1919年)、バック・ロジャース(1928年)、シャドウ(英語版)(1930年)、フラッシュ・ゴードン(1934年)、ファントム(1936年)が現われ始めた。これらの衣装(マスク、マント、派手なボディスーツなど)は後のスーパーヒーローに影響を与えたが、超人的な能力を備えているわけではなかった。スーパーヒーローのような衣装は着ていないが、超人的な能力を持つキャラクターは、パトルス(英語版)(1928年)、ポパイ(1929年)、ヒューゴー・ダナー(英語版)(1930年)などがいる。

1930年代には、日本の黄金バット(1931年に人気を博した紙芝居のストーリーを1947年に漫画化、1967年にアニメ化。元の紙芝居のイラストは現存していない)[3][4]、マンドリック・ザ・マジシャン(英語版)(1934年)[5][6][7]スーパーマン(1938年)、キャプテン・マーベル(1939年)(現在はシャザムと名乗っている、マーベル・コミックのキャプテン・マーベルとは別)など、最も初期の超人的な能力を持ちかつマントや覆面などの衣装を着たキャラクターが一斉に現れた。そして、これらのキャラクターはコミックブックのゴールデン・エイジを先導した。
ゴールデン・エイジ

1938年に、ジェリー・シーゲルとジョー・シャスターがスーパーマンを登場させた。スーパーマンは秘密の正体、超人的な能力、シンボルマークとマントを含むコスチュームといったスーパーヒーローを定義する特徴を備えていた。

DCコミックスは(当時はナショナル・アンド・オールアメリカン)スーパーマンの反響を受けてバットマンロビンワンダーウーマングリーンランタンザ・フラッシュアクアマン、ホークマン、グリーンアローなどのスーパーヒーローを登場させた。

最初のスーパーヒーローチームは、上記のキャラクターを集めた、DCによるジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ(JSA)であった。

当時の市場はDCにより支配されていた。他の出版社もスーパーヒーローを生み出した。マーベル・コミックのヒューマントーチ(オリジナル・ヒューマントーチ。ファンタスティック・フォーヒューマントーチとは別人)やサブマリナー、クオリティ・コミックのプラスチックマンにファントムレディ、新聞連載されたウィル・アイズナーのザ・スピリットなど。

1940年代を通じて、キャプテン・マーベル(現在はシャザムと名乗っている)はスーパーマンより多くの売り上げを収めた。

戦後になるとスーパーヒーローは人気を失った。これはホラーギャングの漫画の台頭に繋がった。これらの漫画のいかがわしい内容は、漫画が非行少年の原因であると非難する規制運動家達の活動を起こした。この運動の先頭に立ったのが、スーパーヒーロー・コミックの根底には性的倒錯が蔓延していると主張した精神科医フレデリック・ワーサムであった。

これに応じて、自主規制(コミックス・コード)を採用した。そして1950年代までにスーパーヒーローは一掃された。
シルバー・エイジ

1950年代に、DCコミックスはジュリアス・シュワルツの下で1940年代のヒーローを復活させた。

1960年には、DCがスーパーマンやバットマン、ワンダーウーマンなどの人気ヒーローをひとつのチームとしたジャスティスリーグ・オブ・アメリカ(JLA)を結成させた。


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