ICTYでは、7人の退役したセルビア人の軍事組織や警察の指揮官が、スレブレニツァでの犯罪の中で発生したジェノサイドや殺人、強制移送などの罪で訴追され、2006年7月14日から公判が始まっている。訴追されたのは、ヴヤディン・ポポヴィッチ(Vujadin Popovi?)、リュビシャ・ベアラ(Ljubi?a Beara)、ドラゴ・ニコリッチ(Drago Nikoli?)、リュボミル・ボロヴチャニン(Ljubomir Borov?anin)、ヴィンコ・パンドゥレヴィッチ(Vinko Pandurevi?)、ラディヴォイェ・ミレティッチ(Radivoje Mileti?)、ミラン・グヴェロ(Milan Gvero)である[114]。
ズドラヴコ・トリミル(Zdravko Tolimir、通称ケミカル・トリミル)は、長期間にわたって逃走を続けていたスルプスカ共和国軍の元指揮官で、ICTYによって1992年から1995年にかけてのボスニア・ヘルツェゴビナ紛争におけるジェノサイドの容疑で訴追されていた。トリミルは2007年5月31日、セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナの警察によって逮捕された[115]。トリミルはジェノサイドの間、化学兵器の使用を求める要求を行い、ボシュニャク人の市民を毒ガスで殺害することによってボスニア側の軍が投降するだろうと考えていた[116]。トリミルは、虐殺の主犯として訴追されているラトコ・ムラディッチが逃走を続けることを助けるための組織を構築した中心人物と考えられている。
ラドヴァン・カラジッチとラトコ・ムラディッチはICTYから、スレブレニツァを含むボスニア・ヘルツェゴビナ領内の複数の村でのジェノサイド、およびジェノサイドの共謀の罪で訴追されている。しかし、ムラディッチは2009年4月の時点ではまだ逃走中である[117][118][4][119]。2008年7月22日、セルビアの大統領ボリス・タディッチは、カラジッチを逮捕したと発表した[120][121][104]。カラジッチは2008年7月30日にハーグのICTYへと移送された[122][106]。 これに加えてスレブレニツァの虐殺は、ボスニア・ヘルツェゴビナがセルビア・モンテネグロを相手に訴えた、国際司法裁判所でのボスニアにおけるジェノサイド裁判(Bosnian genocide case at the International Court of Justice
国際司法裁判所