スポーツニッポン
[Wikipedia|▼Menu]
1960年(昭和35年)

8月10日 - 東京支社を分社。「株式会社スポーツニッポン新聞東京本社」設立。これに伴い時期は不明だが大阪本社の社名を「株式会社スポーツニッポン新聞大阪本社」に変更。

10月15日 - スポーツ新聞として初めて1面に赤色の見出しを採用。


1961年(昭和36年) 8月29日 - 西部支社を分社。「株式会社スポーツニッポン新聞西部本社」設立。これにより3本社体制を整える。

1965年(昭和40年)- 北九州市小倉区(現・小倉北区紺屋町に毎日西部会館が完成、毎日新聞西部本社が移転。従来毎日西部が使っていた建物を西部本社専用の社屋として使用する。

1966年(昭和41年) 9月26日 - 毎日新聞東京本社が有楽町から同じ千代田区内に建てたパレスサイドビルディングに移ったことに伴い、東京本社も一緒に移転。ただし、編集部門のみ当時港区1丁目にあった東日印刷(旧・東京日日新聞印刷工場)本社工場内に移転。

1971年(昭和46年) 9月13日 - 東京本社、番組表を掲載するページに、鉄道駅売店などの即売版専用紙面「スポニチ環状線」の連載を開始(いわゆる二毛作)。他のスポーツ紙も追随。

1979年(昭和54年)11月1日 - 日刊新関西を統合し、大阪本社版の早版『スポニチ前夜速報版』にリニューアル。

1983年(昭和58年) 10月11日 - 東京本社、最終面をスポーツニュース記事にしたダブル1面を開始。これにより従来最終面にあったテレビ番組表(宅配版)や「スポニチ環状線」(即売版)は中面に移動。他のスポーツ紙も追随。

1986年(昭和61年) 1月 - 東京本社、1面のカラー印刷開始、その後カラーページを拡大。他のスポーツ紙も追随。

1988年(昭和63年) 8月 - 東京本社、竹橋と芝金杉橋の2か所に分かれていた拠点を江東区越中島のSTビルに全面統合移転。

1989年平成元年) 10月 - 福島支局開設

12月 - 西部本社、門司社屋の老朽化に伴い、毎日西部会館に移転。


1990年(平成2年) 7月 - 株式会社琉球新報社、韓国朝鮮日報[注 2]系のスポーツ紙・スポーツ朝鮮との提携関係が成立。1日から琉球新報社が沖縄県向けに「新報スポニチ」を発刊。

1992年(平成4年) 2月 - 長野支局開設

1993年(平成5年) 2月 - 大阪本社、北区西梅田(大阪駅前)の毎日新聞大阪本社に移転。それまでの北区(旧・大淀区)の旧社屋についてはその後スポニチとの等価交換によりマンションとして再整備された。

1995年(平成7年)

1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。これを受け後に3本社連携により義援金募集を実施、4204万円余の義援金が集まった。

4月 - スポーツ紙初の発行部数1日平均100万部を達成(日本ABC協会調べ)。


2001年(平成13年) 10月 - 国会記者会にスポーツ紙で初めて加入。

2004年(平成16年)

10月1日 - 東京本社を存続会社として3本社が合併、商号を株式会社スポーツニッポン新聞社に変更。

11月8日 - 創刊20,000号(新聞休刊日発行の特報版を除く)[3]


2008年(平成20年) 1月1日 - 創刊60年を記念し、年間イメージモデルとして、前年度上半期のNHK連続テレビ小説どんど晴れ』でヒロインを演じた比嘉愛未を起用。この日付け紙面で特集記事が紹介され、キャンペーンキャッチフレーズ「そのへんはスポニチが詳しい」が採用された。

2009年(平成21年)

2月1日 - 創刊60周年。イメージキャラクター兼特別編集局長によしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント今田耕司を起用、キャンペーンキャッチフレーズ「ハッとしてホッとするスポニチ」「読むなら、いまだ!」を採用。

6月12日 - 今田からの繋がりでよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の漫才師、石田明(NON STYLE)を期間限定の特別編集委員に任命。

7月1日 - 西部本社を毎日西部会館から福岡総局(福岡市中央区天神1丁目の毎日福岡会館)に統合移転。西部版の発行所が旧福岡総局となる。販売部は毎日西部会館に残した上で、毎日西部本社と事実上統合。[注 3]

10月1日 - 当初から東京本社管轄だった北海道支社を総局に格下げ。

11月29日 - 大阪本社発行の“夕刊”(即売のみ)の発行を休止。


2010年(平成22年)

5月1日 - 大阪本社、大阪・ミナミの鰻谷スクエア[注 4]中央区東心斎橋)に読者との交流を図る事実上の第2大阪本社「スポニチプラザ大阪」を開設。

7月 - 組織再編を実施し、本社を東京・大阪の二元体制とする。西部本社は機能を維持しつつ格下げされ、紙面構成の都合で東京本社管轄となり「福岡総局」復活。ただし発行機能は維持。

10月1日 - 福岡総局を「西部総局」に改称。これと前後して毎日西部本社も一部の機能を福岡本部に移す。


2011年(平成23年) 4月1日 - 毎日新聞社と共同で株式移転を行い、共同持株会社の毎日・スポニチ持株移行株式会社(現在の株式会社毎日新聞グループホールディングス)を設立して、同社の完全子会社となった。
次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:210 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef