民主化されたスペインは1982年に北大西洋条約機構(NATO)に加入、同年の1982年スペイン議会総選挙により、スペイン社会労働党 (PSOE) からフェリペ・ゴンサレス首相が政権に就き43年ぶりの左派政権が誕生した。1986年にはヨーロッパ共同体(現在の欧州連合)に加入[要出典]。1992年にはバルセロナオリンピックを開催した。一方、国内問題も抱えており、スペインはバスク地域分離運動のETAによるテロ活動に長年悩まされている。1982年に首相に就任したゴンサレスは14年に亘る長期政権を実現していたが、1996年スペイン議会総選挙にて右派の国民党 (PP) に敗れ、ホセ・マリア・アスナールが首相に就任した。
21世紀に入ってもスペインは欧州連合の平均を上回る経済成長を続けているが、住宅価格の高騰と貿易赤字が問題となっている[26]。
2002年7月18日、ペレヒル島危機(英語版)が起こり、モロッコとの間で緊張が高まったが、アメリカの仲裁で戦争には至らなかった。同年9月、アスナール首相がイラク戦争を非常任理事国として支持、2003年3月のイラク戦争開戦後は有志連合の一員として、米英軍と共にイラクにスペイン軍1400人を派遣した。2004年3月11日にマドリード列車爆破テロ事件が起き、多数の死傷者を出した。選挙を3日後に控えていた右派のアスナール首相はこれを政治利用し、バスク祖国と自由(ETA)の犯行だと発表したが、3月14日に実施された2004年スペイン議会総選挙では左派の社会労働党が勝利し、サパテロ政権が誕生した。サパテロ首相は就任後、2004年5月にイラク戦争に派遣されていたスペイン軍を撤退させた。また、後に2004年の列車爆破事件はアルカーイダの犯行[27]と CIAからの発表があると、この対応を巡って政治問題となった。サパテロ政権は2008年スペイン議会総選挙でも勝利したが、同年9月のリーマン・ショック勃発により、スペインの経済(英語版)は壊滅的な打撃を受けた。
2011年スペイン議会総選挙では国民党が勝利し、マリアーノ・ラホイが首相に就任した。
2016年9月、去年と今年の2度の総選挙を行っても政権を樹立出来ないままだったが、第一党の国民党のラホイ首相を首班とする政権樹立を下院で反対多数で否決し、またもや政権樹立に失敗。11月3日になってようやくラホイ再任が決定し新内閣が発足した。
2017年10月27日、カタルーニャ州が独立宣言を行う(カタルーニャ共和国)も、スペイン側はカタルーニャの自治権を剥奪し直轄統治を開始[28]。2020年には新型コロナウイルスの拡大が深刻となった。
2021年9月から10月にかけて、例年、降水量が少ない南東部、アンダルシア州、バレンシア州などで記録的な集中豪雨が次々に発生。鉄砲水や河川の氾濫などで住宅地が冠水、自動車に取り残された者が死亡するなどの被害が出た[29][30]。
地理詳細は「スペインの地理」を参照
地形スペインの地形スペインの都市名
スペイン本土は高原や山地(ピレネー山脈やシエラ・ネバダ山脈)に覆われている。高地からはいくつかの主要な河川(タホ川、エブロ川、ドゥエロ川、グアディアナ川、グアダルキビール川)が流れている。沖積平野は沿岸部に見られ、最大のものはアンダルシア州のグアダルキビール川の平野である。東部の海岸にも中規模な河川(セグラ川、フカール川、トゥリア川)による平野が見られる。
南部と東部は地中海に面し、バレアレス諸島が東部の海岸沖にある。