実用化後から、ステンレス鋼は耐食性およびその他特性を活かして、産業用から家庭用まで様々な用途で需要を伸ばしてきた[25]。新たな機能・特性を持った鋼種の開発が行われ、ステンレス鋼の種類も豊富に増えていった[26]。オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は1930年代に、析出硬化系ステンレス鋼は1940年代に実用化された[27]。同時に、ステンレス鋼の量産化と生産技術の向上も進められてきた[26]。特に、1940年代の酸素脱炭法のステンレス鋼製造への適用、さらに1960年代後半のVOD法とAOD法の発明は、ステンレス鋼の生産性・品質を大きく向上し、製造コストを低下させた[28]。1950年から2019年までの統計によれば、ステンレス鋼の全世界生産量は平均 5.8 % で増加を続けてきた[29]。近年でも、製造法の改良や開発、耐食性・強度・加工性を改良あるいは兼備した鋼種の開発、省エネや省資源化を目指した鋼種の開発などが続けられている[30]。 ステンレス鋼に添加される合金元素は、定義のようにクロムを必須とする。さらに、各種特性向上のためにニッケル、モリブデン、銅、ケイ素、窒素、アルミニウムなどの他の元素も添加される[31]。また、リンや硫黄は場合によっては有効な含有物だが、基本的に有害な不純物元素であり、普通はこれらは製造上できるだけ取り除かれる[32]。炭素は、ステンレス鋼の耐食性を落とす不純物であるが、一方で、強度向上に寄与する有用な元素でもある[33][34]。一部の種類を除いて、ステンレス鋼は0.01桁%–0.001桁%といった低い炭素含有量となるよう製造されている[35]。フェライト(α)とオーステナイト(γ)の結晶格子の様子。マルテンサイト(α′)の結晶格子は α とほぼ同じで、わずかに立方体から直方体となる[36]。 ステンレス鋼の金属組織をミクロに観察すると、金属組織を主に占めている相の種類には、体心立方構造のフェライト、体心正方構造
基本金属組織と合金元素の関係
フェライト、マルテンサイト、オーステナイトという3つの相は鋼全般で存在する相だが、鉄・炭素の2つから成る単純な鋼では、オーステナイトは高温のみで現れる相であり、常温で組織がオーステナイトになることは普通はない[42][43]。常温でオーステナイトを主要な相とする鋼種があることは、ステンレス鋼の特徴の一つといえる[44]。鉄・クロム系2元状態図。縦軸が温度、横軸がクロム濃度で、図中には静的に変化させたときのその温度とクロム濃度における相を示している。αがフェライト、γがオーステナイトを意味しており、左端の閉じた γ の存在領域が γ ループ。
ステンレス鋼の基礎となるのが、鉄・クロム系の状態図である[45]。2成分系合金の状態図とは、縦軸に温度を取り、横軸に2つの元素の質量比を取り、温度と質量比によって決まる熱力学的平衡状態の金属組織を示す図である[46]。鉄・クロム系2元状態図によると、クロム濃度 0 % のとき約 900–1400 °C の範囲で組織はオーステナイトとなる[47]。