1984年にバンドの活動が停止。
1985年、ソロ活動を本格的に開始。ジャズ・ミュージシャン(ケニー・カークランド、オマー・ハキム、ブランフォード・マルサリス他)を起用してアルバムを制作し、注目を浴びた。第一次スティング・バンドの練習など「バンドが生まれる時を記録した」模様はVHSビデオに収めて公開(「ブルー・タートルの夢? A Band Is Born」)されている。また、同年にはスティングがゲスト参加したマイルス・デイヴィスのアルバム『ユア・アンダー・アレスト』や、ダイアー・ストレイツの楽曲「マネー・フォー・ナッシング」も発表された。
日本のキリンビール「トゥギャザー」のCMソングを依頼され、「ウィル・ビー・トゥゲザー」を作曲し、CMにも出演した。
1994年には、宮崎シーガイアのCMに出演し、キャンペーンソング「Take Me to the sunshine」を提供し、また、別テイクのタワーホテルのCMでは「When we dance」を提供し、同施設のこけら落しライブも行っている。しかし、その後、来日時に受けた共同記者会見の席上で、宮崎シーガイアが地域の自然を破壊し問題視されているという主旨の質問を記者より受け、急遽、CMを降板するに至る。
1999年に発表した『ブラン・ニュー・デイ』は、第42回グラミー賞で最優秀ポップ・アルバム賞と最優秀男性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞の2部門を受賞[14]。ベースを弾くスティング (2013年6月)
ベーシストとしても一流であり、ポリスのアンサンブルを語る上で欠かせないものである。アコースティックで培ったダイナミズムをエレクトリックに反映させた骨太の音で、時にはテクニカルにビートの隙間を縫うようなフレーズを歌いながら難なく弾きこなす。エレクトリックベースの奏法については、米国のセッションベーシスト、キャロル・ケイの教則本から多くの事柄を学んでおり、後年、彼女のサイトに「ベースが本来、なすべき以上のことを教えてくれた」と賛辞を送っている。スティングのベースプレイでは、古典的なソウルやラテンロックを踏まえつつ、レゲエ、ジャズのテイストがより大胆に取り入れられている。2005年にはベーシストとしてt.A.T.u.のセカンドアルバムにスポット参加している。また、ドラマーのヴィニー・カリウタなどとも共演している。
2002年に開催されたソルトレイクシティ冬季オリンピックのオープニングでは、世界的チェリストのヨーヨー・マと Fragile を共演。911テロの直後でもあり、大勢に感動を与えた。
2000年代後半よりクラシック音楽へ傾倒した。2006年にはジョン・ダウランド作品を集めた『ラビリンス - Songs From The Labyrinth』を名門クラシックレーベルのドイツ・グラモフォンから発表し、クラシック界からも注目を浴びた。また、2009年にも、パーセルやシューベルトなどの作品を集めたクラシック・テイストの『ウィンターズ・ナイト If on a Winter's Night』を、2010年には、自身の曲を、クラシック・アレンジのもとオーケストラ伴奏でセルフ・カバーした『シンフォニシティ Symphonicities』を、いずれもグラモフォンから出した。
代表曲に「Every Breath You Take」(ポリス時代)、「Roxanne」(ポリス時代)、「Fields of Gold」、「Fragile」、「Englishman in New York」、「Shape of My Heart」(映画『レオン』主題歌)等がある。