2009年11月上旬に大統領退任後の初来日を行い、かつての盟友である小泉純一郎元首相と再会したほか、東京ドームで行われた日本シリーズの始球式に参加した。
2010年11月9日に大統領在任中に下した様々な決断を振り返った回顧録『決断のとき』(原題: Decision Points, 日本では2011年4月23日に日本経済新聞出版社より刊行)が出版された[59]。回顧録は自身の飲酒運転トラブルやイラク戦争の決断も詳しく語られた内容となっている。しかし、本書に関して他の著作本からの剽窃・盗作の疑惑が報じられている[60]。
2011年4月より、日本経済新聞で連載されている自身の半生を綴った『私の履歴書』の執筆を担当し、原稿料は全額東日本大震災による震災孤児を支援するため、あしなが育英会に寄付した[61]。
2013年4月、テキサス州ユニバーシティーパークのサザン・メソジスト大学に、大統領図書館「ジョージ・W・ブッシュ大統領センター」の開館式が行われ、ジョージ・W・ブッシュ本人と父のジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントン、ジミー・カーター、バラク・オバマと、大統領および存命の大統領経験者が揃った。同月に行われたジョージ・W・ブッシュの評価についての世論調査では、大統領就任時の教育や医療制度改革が見直され、退任時よりも評価は上昇の傾向にある[62][63]。
2016年2月15日、2016年アメリカ合衆国大統領選挙で苦戦する弟のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事の集会に現れ、「米国民が怒り、不満を抱えているのは理解する。しかし、我々の怒りや不満をそのまま映し、あおる人物はオーバルオフィス(米大統領執務室)には要らない」と共和党指名争いでトップを独走する実業家のドナルド・トランプを批判した[64]。
2022年5月18日、テキサス州ダラスにおける演説でロシアのウクライナ侵攻に対してウラジーミル・プーチンを批判しようとするも、「ロシアではチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)の欠如が生じ、一人の男が全く不当で残忍なイラク侵略を開始することになった」と発言。その後、首を振りながら「ウクライナのことだ」と言い直し、歳のせいで間違えたと聴衆を笑わせる一幕があった[65]。 職名氏名任期
政権
政権スタッフ
大統領ジョージ・W・ブッシュ2001 - 2009
副大統領ディック・チェイニー2001 - 2009
大統領顧問団
国務長官コリン・パウエル2001 - 2005
コンドリーザ・ライス2005 - 2009
国防長官ドナルド・ラムズフェルド2001 - 2006
ロバート・ゲーツ2006 -(次政権に留任)
財務長官ポール・オニール2001 - 2003
ジョン・スノー2003 - 2006
ヘンリー・ポールソン2006 - 2009
司法長官ジョン・アシュクロフト2001 - 2005
アルバート・ゴンザレス2005 - 2007
マイケル・ミュケイジー2007 - 2009
内務長官ゲイル・A・ノートン
ダーク・A・ケンプスロン2006 - 2009
農務長官アン・ヴェネマン2001 - 2005
マイク・ジョハンズ2005 - 2007
チャールズ・F・コナー2007 - 2008(代理)
エドワード・トマス・シェーファー2008 - 2009