ジョージ・マーシャル
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共産党を少数派として政府に参加させることで、彼らを認めて彼らの敵対性を除去することを考えた。マーシャルは中国国民から「平和の使徒」としてもてはやされた。張治中(左)、マーシャル(中央)、周恩来(右)

1946年1月に国民党の張群・共産党の周恩来と三者会談を開催し、停戦協定を発表して軍事調処執行部(中国語版)(三人委員会)を成立させた。2月25日の基本法案によると、陸・海・空3軍の最高統帥者が中華民国政府主席(?介石)であることを再確認した上で、1年以内にその陸上兵力を国民党軍90個師団・共産党軍18個師団に削減し、更にその半年後にはそれぞれ50個師団と10個師団にまで縮小することが取り決めされていた。しかし?介石は内戦を起こしたため、マーシャルは本国に召喚された。
国務長官国務長官時代のマーシャル(1948年1月15日)

1947年1月に国務長官に就任し[1][2]、同年6月5日にハーバード大学の卒業式で講演し、後に「マーシャル・プラン」として知られるようになるヨーロッパ復興計画の概略を発表した[3]。また、アジア方面では特に対中政策で国共内戦に深く関与することになる。外交問題評議会太平洋問題調査会に所属していたマーシャルは、自らの中国復興計画と和平調停を破綻させたことへの制裁としてアメリカ議会が決定した国民党への支援を遅延させるなど、共産党を利するような行動を取り続けた。これは後に「国務省内部に共産主義者が巣喰っている」という共和党のジョセフ・マッカーシーら反共強硬派の根拠となり、マッカーシズム赤狩り)にまで発展することになる。
国防長官国防長官時代のマーシャル(1951年1月15日)

1949年1月に国務長官を退任した後は、同年10月にアメリカ赤十字社総裁に就任した。1950年9月[4]国防長官に就任し、軍人の就任を避けることを目的とした国家安全保障法[5]に対して特例まで承認された上での就任となった。1951年9月に退任して公務を引退し、1953年12月にマーシャル・プランの立案・実行によってノーベル平和賞を受賞した。

1959年10月16日にワシントンD.C.にて78歳で死去し、アーリントン国立墓地に埋葬された。
人物

フリーメイソンだった[6]

軍の最高位に出世できた事を誇りに思っている反面、良く言っても大変堅物・悪く言えば柔軟性に欠けた性格の持ち主で、閣僚にさえファーストネームで呼ばせなかった。トルーマン大統領に「ジョージと呼んでいいか?」と尋ねられても「いいえ、マーシャル将軍とお呼び下さい閣下。」と答えたという。

階級履歴

少尉, 連邦常備陸軍(Regular Army), 1902年2月2日
中尉, 連邦常備陸軍, 1907年3月7日
大尉, 連邦常備陸軍, 1916年7月1日
少佐, 合衆国陸軍(National Army), 1917年8月5日
中佐, 合衆国陸軍, 1918年1月5日
大佐, 合衆国陸軍, 1918年8月27日
大尉, 連邦常備陸軍, 1920年6月30日
少佐, 連邦常備陸軍, 1920年7月1日
中佐, 連邦常備陸軍, 1923年8月21日
大佐, 連邦常備陸軍, 1933年9月1日
准将, 連邦常備陸軍, 1936年10月1日
少将, 連邦常備陸軍, 1939年9月1日
大将, 一時的階級(temporary rank), 1939年9月1日
元帥, 合衆国陸軍(Army of the United States)1944年12月16日
元帥, 連邦常備陸軍, 1946年4月11日
元帥, 退役者リスト, 1947年2月[7]
元帥, 連邦常備陸軍(現役復帰), 1949年3月1日(1944年12月16日付)[7]

家族

1902年2月にリリー・カーター・コールズと結婚した。1927年9月にリリーが死去した後は、1930年10月にキャサリン・ボイス・タッパーと結婚した。どちらもマーシャルとの間に子供はいない。
脚注^ 「バーンズ米国務長官辞任 後任にマーシャル元帥」、1947年1月9日付朝日新聞(大阪)、1面(ワシントン7日発AP=共同)。
^ Biographies of the Secretaries of State: George Catlett Marshall, U.S. Department of State.
^ “75年前の教訓生かし、プーチン氏に抵抗を”. CNN (2022年6月8日). 2022年6月27日閲覧。
^ 当時は朝鮮戦争の時期であった。
^ 1947年9月に施行された。
^ 吉村正和 2010, p. 120-121.
^ a b Timeline & Chronology - George C. Marshall

参考文献

吉村正和『図説 フリーメイソン』河出書房新社〈ふくろうの本・世界の文化〉、2010年。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 978-4309761480。 

関連文献

アルバート・ウェデマイヤー『第二次大戦に勝者なし ウェデマイヤー回想録』 妹尾作太男訳、講談社学術文庫(上下)、1997年

ジョゼフ・マッカーシー『共産中国はアメリカがつくった G・マーシャルの背信外交』
本原俊裕訳、副島隆彦監修・解説、成甲書房、2005年。ISBN 4880861928

ジョナサン・W・ジョーダン『FDRの将軍たち』中沢志保訳、国書刊行会(上下)、2022年

関連項目

ロサンゼルスの戦い

冷戦

外部リンク

マーシャル・プラン(1947年6月5日の演説。英語)

George C. Marshall's biography at the U.S. Department of Defense Official Website

George Catlett Marshall's biography at the U.S. Army Official Website

The Marshall Foundation(英語版)


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