ジョン・メイナード・ケインズ
[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

ケインズは、ボルシェビズムは、のぼせあがった理想主義と、スラブ人とユダヤ人の苦難および彼らに特有の気質の双方から生じた知的錯誤とによって作り出された震顫譫妄・精神的高揚であるといった[36][37]

1925年の新婚旅行[注釈 3]で訪れたソ連での講演でケインズは、貨幣愛を人間行動の動機ではなくしたことはロシア革命の功績だったとも述べたものの、帰国後の『ロシア管見』(1925)では、ソ連は狂信的な少数者によって指導され、その政策は、宗教的熱情をもって採用されており、レーニン主義は、宗教・神秘主義展観念論の混合物とした[37]。しかし、ケインズは、ソ連は、貨幣が廃止できないことを理解しており、価格の問題に対しては、「ブルジョワ経済学」が適用できることも理解しており、その体制は一定の安定性を獲得するだろうとした[37]。なぜなら、ソ連は、メシア的・迫害的な宗教性に頼っているし、レーニンは、ネップのように自分の信念を変更することを恐れてもいないからであるとした[38][37]
『ロシア管見』

ケインズは『ロシア管見』(1925年)で、共産主義は、政治的に誤っており、間違った理論的基礎にもとづくとし、資本論について、科学的に誤りというだけではなく、現代の世界にとって興味もなければ、応用もできない時代遅れの教科書であるにもかかわらず、批判を許さないバイブルとして推挙していると批判する[39][40]

ボルシェヴィキでは、宗教を批判した。トロツキーは、人間が宗教、詩、道徳、哲学などといった形でとりとめもなく語ってきた社会的幻影は、抑圧された人々を欺くためのものであり、社会主義革命は、屈辱的なペテンと幻影の覆いを剥ぎ取り、真実に対する粉飾を血をもって洗い落とすといい、この革命は現実的・合理的・戦略的・数学的であればあるほど、強力なものとなるという[41]。しかし、ケインズによれば、ボルシェヴィストは、宗教を唾棄し、図書室の宗教の棚にも反宗教的文献のみを並べよと指示するが、彼ら自身が宗教的である[42]。唯物論的自負を純化すれば、一方には、自我を神秘的な匿名の組合のなかに没入させており、他方には、自我を人類全体の理想の追求に没入させてるグループがある[43]

ケインズは、レーニン主義は、ヨーロッパが数世紀にわたって別々の魂の引き出しにしまいこんできた宗教とビジネス(事業)を組み合わせたものであるが、レーニンたちの事業は、宗教に従属したもので、非効率的である[44]。新興宗教と同様にレーニン主義は、大衆からではなく、少数の熱狂的改宗者からその力を引き出している[44]。彼らは、宗教的不寛容であり、日常生活から彩りと娯楽と自由を奪い去り、代わりに無表情で単調な代替物を与え、彼らは、ボルシェヴィキに抵抗する人々を公正さや慈悲心を微塵もみせずに迫害しており、伝道者的な熱情と統一宗教を目指す野心に満ちている。こうして、レーニン主義とは、偽善者に率いられた、迫害と宣伝を行う少数の狂信者によって信仰された宗教であって、たんなる政党ではなく、またレーニンは、ビスマルクではなく、マホメットなのであるとケインズはいう[45]

資本主義に満足している人々は、すでに宗教をもっているか、あるいはまったく宗教を必要としていない[46]。ケインズは、ソヴィエトロシアに善きことを求める人々に共感を抱くものの、現実の赤色ロシアには嫌悪すべき点が多すぎるとする[47]。日常生活の自由と安全が破壊され、迫害・破壊・国際紛争を意図的に利用し、国内のあらゆる家族と団体にスパイを送り込み、国外では紛争を巻き起こす[48]。マルクス経済学は、時代遅れの教科書であり、科学的に誤りというだけではなく、現代の世界にとって興味もなければ、応用もできないものであるにもかかわらず、ソ連の教義では、批判を許さないバイブルとして推挙する[48]

コミュニストは、こうしたことは、自分達の信仰ではなく、革命の戦術であると答えるだろうが、彼らは、新しい秩序を地上に建設し、革命がそこに至る唯一の手段であると信じている[49]

ロシア・コミュニズムは、人々の行動の金銭的動機の重要度を変化させ、社会的基準を変える[50]。イギリスでは、実業家になり財産を築くことは、公務員になること、教育、学術の世界に努めることと比べて、社会的に尊敬されないことはないし、あるいはかえって大きな尊敬を受けることもあるだろう[51]。しかし、ソ連においては、金儲けに従事することが、可能性のある就職口とは見なされず、強盗、偽造、横領の技能を習得することとみなされるように目論まれており、倹約や貯蓄、家計を安定させることさえ、価値の低いこととされる[52]。しかし、実際のソ連では、他人より多く所得を得る成功者はおり、人民委員は毎週5ポンドを得て、さらに各種の無料サービス、自動車、アパート、劇場のボックス席等も支給される。教授や公務員は、下級労働者の3倍、貧農の6倍の所得を得ており、格差は解消されていないだけでなく、物価高と法外な累進税制のために人々の生活は苦しい[52]。多額の利益を得ようとすれば、賄賂や横領の類の危険を冒すことになるし、浪費癖がある者は捜査と死刑を含む刑罰を蒙る危険を冒すことになる[53]

利潤を見込んだ売買を禁止してはいないが、そのような職業を不安定で恥ずべきものにしようと仕向けている[54]。私営の商人は、中世のユダヤ人のように、公認の無法者とされ、特権や保護は受けられない[54]

ケインズは、もし共産主義が勝利を収めるとすれば、それは改良された経済運営技術としてではなく、一つの宗教としての勝利となるだろうことを確信しているという[55]。型にはまった批判では、共産主義を宗教とみなして、あまりに憎悪するために、その経済面の非効率性を誇張しており、他方では、経済的な非効率性の印象が強すぎるために、宗教としての側面を過小評価している[56]。ケインズは、共産主義の経済運営技術は、イギリスのブルジョワ的理想を残した社会(19世紀の個人主義的資本主義ではない)に適用して、成功するとは思われないとして、こう述べる[57]。少なくとも理論的には、革命が不可欠な手段であるような経済的改善法などが存在するとは、私には考えられない。それどころか、われわれは、急激な変化を伴うような方法によれば、すべてを失うことになろう。西ヨーロッパ諸国の産業の状態においては、赤色革命の戦術は、国民全体を貧困と死の淵に追いやることになるだろう。 ? ジョン・メイナード・ケインズ、『ロシア管見』(1925年)[57]

しかし、宗教としての共産主義の力は、かなりのものとなるだろうという[57]。平凡な人間を褒めそやす教義は、これまでの宗教が大衆を捉えてきたもので、宗教には、信徒たちを団結させる紐帯を作り上げ、それは無宗教者の利己的な原子論に十分に対抗する力を持っている[57]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:199 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef