ジュリー・アンドリュース
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[28]同年、サッグハーバー(英語版)のベイ・ストリート・シアターで、1954年に彼女がブロードウェイデビューを果たしたミュージカル『ボーイフレンド』の再上演を演出し、演出家デビューした。彼女の作品の衣装と舞台背景のデザインは前夫のトニー・ウォールトンが担当し、2005年にグッズピード・オペラハウス(英語版)で再上演され、2006年に全米ツアーがおこなわれた。

2005年から2006年は ディズニーランドの50周年の18ヶ月にわたる祝賀イベント『地球上で一番ハッピーな帰郷(英語版)』公式の大使を務め、イベントの宣伝をするため各地を駆け回ったり、ナレーションを録音したり、パークのいくつかのイベントに姿をみせたりした。

2004年、アニメ大ヒット作『シュレック2』(2004年)にリリアン王妃の声を担当し、『シュレック3』(2007年)、『シュレック フォーエバー』(2010年)の続編でも同役を担当する。その後、2007年、ディズニーのミュージカルコメディである『魔法にかけられて』でナレーションをし、『メリー・ポピンズ』のような典型的なディズニー映画に敬意を払っていることを人々に示した

2007年1月、映画俳優組合より生涯功労賞を受賞し、彼女の目標はこれからも舞台の演出を続けること、そして彼女のブロードウェイ・ミュージカルを演出することだと述べた。[46]彼女は、自伝の第一部と称した、『Home: A Memoir of My Early Years』が2008年4月1日に出版された。この本はイギリスの彼女の初期のイギリスでのミュージックホールサーキットのことなどが記されていて、1962年にメリー・ポピンズ役を得るところで終わっている。2004年に、ウォルト・ディズニー・ビデオのリリースのためにメリー・ポピンズを演じ、『王様と猫』の物語をナレーションした。

2008年の7月から8月上旬、アンドリュースはアメリカでの短いツアーである『Julie Andrews' The Gift of Music』でホストを務め、[60]さまざまなロジャース&ハマースタインの歌や、彼女の最近出版された本、『Simeon's Gift』に調和させて歌った。これはかなりの年月を得て、声帯手術後の初めての公衆向けの歌手としてのパフォーマンスとなった。[61]

2009年5月、ポーリー・パビリオンで例年行われる大会、UCLA スプリング・シング(英語版)で音楽の功労賞としてジョージアイラ・ガーシュウィン賞を受賞した。受賞した際に彼女は言った。「頑張れ、熊たち(Bruins)。SCに勝つのです…ストライク・アップ・ザ・バンド、一つ一つの勝利を祝うために。(Go Bruins. Beat SC ... let the Gershwin tunes strike up the band to celebrate every one of those victories.)」
2010年以降の活動手形とサイン、チャイニーズ・シアター前で

2010年1月、アンドリュースはニューイヤーコンサートのアメリカでの公式プレゼンターを務める。[62]これは彼女の前年に続いて2回目の出演となった。[63]アンドリュースは興行収入は挙げているものの否定的な評価を受けた映画『妖精ファイター』で助演した。[64][65]この映画のプロモーションツアーで、Operation USAを紹介し、ハイチ地震の援助キャンペーンを行った。[66]

2010年5月8日、アンドリュースは21年来のロンドンでのカムバックを果たした(前のパフォーマンスは1989年にロイヤル・フェスティバル・ホールで行われたクリスマスコンサートであった)。O2アリーナで公演し、 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が伴奏をし、演者5人と合唱した。[67]その前、イギリスのテレビに出演し(2009年12月など)、本当に歌うのではないと説明した。その代わりに、「話すように歌う」つもりだと言った。[68]コンサートでは彼女は2回のソロと幾つかのデュエットや伴奏部分を本当に歌った。その夜、2回もスタンディング・オベーションをしたファンなどから、好評を博したものの、[69]批評家からはあまり注目されなかった。[70]

2010年5月18日、アンドリュースの23冊目の本(娘のエマとの共作)が出版された。2010年6月には『The Very Fairy Princess』と題され、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー・リストの児童書で1位になった。[71]

2010年5月21日、映画『シュレック フォーエバー』が公開され、再度、女王役を演じた。[72]

2010年7月9日、アニメ映画『怪盗グルーの月泥棒 3D』では不親切だが優しい、主人公グルー(声:スティーヴ・カレル)の母の声を演じた。この映画は批評家らから絶賛され、[73]大ヒットした。[74]

2010年10月28日、映画でフォン・トラップ・ファミリーを演じた俳優たちと映画の45周年を祝うために『オプラ・ウィンフリー・ショー』に出演した。[75][76]数日後、24冊目の本、『Little Bo in Italy』が出版された。[77]

2010年12月15日、アンドリュースの夫、ブレイク・エドワーズがカリフォルニア、サンタモニカのSaint John's Health Centerで肺炎の合併症により死去した。アンドリュースは彼が亡くなる時、隣で見守っていたという。[78][79]

2011年2月、アンドリュースは第53回グラミー賞のセレモニーで、グラミー賞 生涯功労賞(英語版)、娘のエマ・ウォルトン・ハミルトン(英語版)と共著した『Julie Andrews' A Collection of Poems, Songs and Lullabies』で親子共にグラミー賞 最優秀子供向けスポークン・ワード・アルバム賞(英語版)を受賞した。[80][81]

77歳の2013年に、主催者が『サウンド・オブ・ミュージック』で共演して当時14歳であったニコラス・ハモンドである、[82][53]初めてのオーストラリアとニュージーランドのツアーを引き受けた。歌の代わりに、本土の5つの州都で、映画の契約のことについて話すシリーズを計画した。[83]ニュージーランドでのイベントではセキュリティ上の問題があった。[84]

2018年にエミリー・ブラント主演の「メリー・ポピンズ・リターンズ」へのカメオ出演が依頼されたが、「エミリーのメリー・ポピンズになってほしい」と辞退をした。
家族

母はピアニストのバーバラ、父は学校教師のテッド・ウェルズ。2人の間には弟がいる。2008年出版の自伝で「本当の父親は別の人だと母に教えられた」ことを初めて公表したが、テッド・ウェルズを「本当の父親」として慕う気持ちは変わりないとも述べている。幼少の頃両親が離婚し、母は歌手テッド・アンドルーズと結婚。

1959年には幼なじみでデザイナーのトニー・ウォールトン(英語版)と結婚し、娘エマ(英語版)が生まれた。


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