その悲劇作品のほとんどは、三一致の法則を厳格に守り、主にギリシア神話、古代ローマの史実に題材をとる。『旧約聖書』に題材をとるものを、ラシーヌは悲劇とせず史劇と呼んだ。
ラシーヌは均整の取れた人物描写と劇的な筋の構成を、アレクサンドラン詩行と呼ばれるイアンボス6詩脚の丹精で華麗な韻文に綴った。後期の『聖書』を題材とする作品を除けば、ラシーヌの劇は、二人の若い恋人を中心とするものが多い。二人は愛し合っているが、女性が王など高位の男性に望まれる、あるいは二人が敵対しあう家系にいるなどして、恋愛は成就しない。この葛藤がラシーヌの悲劇の中心となる。これに第三者の嫉妬、政治闘争などが加わり筋が複雑になり、最終的に二人の恋は成就せず、主人公の死をもって幕が下りる。
またラシーヌは自身の作品を印刷に付し刊行する際、必ず書き下ろしの序文をつける習慣があった。このためラシーヌの作品は、たんに悲劇としての価値のみならず、演劇論としての価値をももつ。ラシーヌの詩論のなかではオスマン帝国の皇位継承争いを題材にする『バジャゼ』につけた序文での「悲劇の題材は観客から適切な隔たりをもつものでなければならない。この隔たりは神話や古い歴史のような時間的な隔たりだけでなく、時間的にはあまり遠くないがわれわれの風俗になじみのない距離的な隔たりであってもよい」とするものなどが知られる。
ラシーヌの代表作として今日もなお上演されるものには『アンドロマック』、『ベレニス』、『フェードル』などがある。
なお1960年代から90年代までのフランス50フラン紙幣にはラシーヌ肖像が描かれていた。 括弧内は順に原題、形式、初演年を示す。
作品
ラ・テバイード 又は 兄弟は敵同士(La Thebaide ou les freres ennemis, 5幕悲劇、1664年)
アレクサンドル大王(Alexandre le Grand, 5幕悲劇、1665年)
アンドロマック(Andromaque, 5幕悲劇、1667年)
訴訟狂(Les Plaideurs, 3幕喜劇、1668年)
ブリタニキュス(Britannicus, 5幕悲劇、1669年)
ベレニス(Berenice, 5幕悲劇、1670年)
バジャゼ(Bajazet, 5幕悲劇、1672年)
ミトリダート(Mithridate, 5幕悲劇、1673年)
イフィジェニー(Iphigenie, 5幕悲劇、1674年)
フェードル(Phedre, 5幕悲劇、1677年)
エステル(Esther, 3幕史劇、1689年)
アタリー
主な日本語訳
『フェードル』(澤木譲次 訳、白水社、1948年)
『ブリタニキュス』(内藤濯 訳、岩波文庫、1949年)、度々重版
『アンドロマク』(内藤濯 訳、岩波文庫、1951年)、度々重版
『フェードル』(内藤濯 訳、岩波文庫、1953年、改版1958年)、度々重版
『ラシーヌ戯曲全集』(人文書院 全2巻、伊吹武彦・佐藤朔編、初版1964年-1965年、新版1976年)第1巻:ラ・テバイード(鬼頭哲人訳)、アレクサンドル大王(福井芳男訳)、アンドロマック(渡辺守章 訳)、裁判きちがい(川俣晃自訳)、ブリタニキュス(安堂信也訳)、ベレニス(伊吹武彦 訳)第2巻:バジャゼ(鬼頭哲人 訳)、ミトリダート(田中敬次郎
前任
フランソワ・ド・ラ・モート=ル=ヴェイエアカデミー・フランセーズ
席次13
第3代:1672年 - 1699年後任
ジャン=バチスト=アンリ・ド・ヴァランコール
注釈^ 元々は全3巻で刊行予定だったが、刊行開始まもなく演劇集団円により「ラシーヌ・シリーズ」が始まり、その上演に向け既訳台本に手を入れなければならなくなり、また同時期に「フェードル」の翻訳も手懸けなければならず、結果白水社版の刊行が止まったまま現在に至っている。(岩波文庫版『フェードル、アンドロマック』、p.392?393)
脚注^ J・ラシーヌ『ポール=ロワイヤル略史』審美社、1989年、174頁。
^ ヴォルテール『ルイ十四世の世紀(三)』岩波文庫、1982年、76頁。
^ P・シャンピオン『わが懐かしき街』図書出版社、1992年、209頁。
関連項目
映画「女優マルキーズ」で、ランベール・ウィルソンがラシーヌを演じた。
ラシーヌの雅歌:ガブリエル・フォーレがラシーヌの詩に基づいて作曲した合唱曲。
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