2004年初頭、ザ・ヴァインズ、リヴィング・エンドと共に「ジ・オージー・インヴェイジョン・ツアー」をアメリカで行った。同年、『ゲット・ボーン』未収録曲「ホールド・オン」がスパイダーマン2のサウンドトラックに収録された。
家族の病気を理由にグラストンベリー・フェスティバル出演をキャンセルする[12]。
同年、バンドはオーストラリアレコード産業協会の7部門にノミネートされ、そのうち6部門で栄冠に輝いた。ニックは他のオーストラリアのロックバンド (スパイダーベイト、リヴィング・エンドなど) のメンバーで構成されているスーパーグループであるライツ (The Wrights) でも活躍した。 2006年9月、セカンド・アルバムからの先行シングル「プット・ユア・マネー・ホエア・ユア・マウス・イズ」をリリース。2006年9月30日、セカンド・アルバム『シャイン・オン』をリリース。オーストラリアチャートで3位となるが、『ゲット・ボーン』と同等の成功を得ることはできなかった。アルバムへの評価は、賛否両論となった。日本版CMに世界エア・ギター選手権2006で『ゲット・ボーン』収録曲の「アー・ユー・ゴナ・ビー・マイ・ガール」を披露して優勝したお笑いコンビのダイノジが出演した。また、国内盤には甲本ヒロトのコメント・シールが貼られている[13]。 コペンハーゲンでMTVヨーロッパ・アワーズに出演。ニックの喉頭炎によるワールドツアー中止からの最初の出演であった。アルバムからのセカンド・シングル「ブリング・イット・オン・バック」(イギリス)と「リップ・イット・アップ」(オーストラリア)を2006年11月にリリース。また、『シャイン・オンEP』を2006年12月にリリースした。 2007年3月、アルバムからのサード・シングル「シャイン・オン」をリリース。この曲は、2004年に癌で亡くなったニックとクリスの父親に捧げられた曲である[14]。 映画『スパイダーマン3』サウンドトラックのために、新曲「フォーリング・スター」をリリースした。 バンドはオーストラリアに戻りAFLグランド・ファイナルで演奏をし、ワールドツアーの残りを終えた。ウェブサイトでサード・アルバムの制作を2008年リリースに向けて開始すると発表。しかしながら、2007年10月にバンドは無期限の活動休止を発表した。バンドは『シャイン・オン』のツアー後で休止期間が必要と述べた[15]。同年10月24日、クリスとマークは The Vice Lords の名で日本のデュオSuperflyをプロデュースした[16]。 2008年、イギー・ポップとジョニー・オキーフ 2009年4月、楽曲「K.I.A.」が公式サイトで公開された。アルバムからの1stシングルとして「シーズ・ア・ジーニアス」がリリースされる。フジロックフェスティバル2009への出演決定。サード・アルバム『シャカ・ロック』は2009年8月にリリースされた。アルバム名の由来は、ズールー族の著名な将軍[19]。 2012年3月26日、公式ホームページ上にてJETは解散を発表。「何年にも渡って素晴らしい曲を書き、レコーディングし、ツアーを重ねてきた。ここで我々はバンドとしての解散を発表したいと思う。世界中のパブ、劇場やスタジアム、フェス、そして世界中のファン達に感謝したい。俺たちのこの素晴らしい物語は、皆がいなければ起こらなかったことだ。ありがとう、そして、おやすみ」と表明文を発表している。 またベースのマーク・ウィルソンとドラムのクリス・セスターの2人は2011年6月にDAMNDOGSを結成し活動している。これまでのJETらしいロックンロール・サウンドにエレクトロ要素をプラスしたサウンドが特徴である。同年8月にデビューEP「Strange Behaviour」を1枚リリースしている。 フロントマンであるニック・セスターのその後については、2013年10月7日にDAMNDOGS公式ツイッターアカウントによりソロ・プロジェクトの曲を製作中であることが発表された。 その後2014年4月頃ニック・セスターはツイッターにて公式アカウントを作成。ソロプロジェクトにて音楽活動を再開することを発表するもリツイート数は3程度、フォロワー数は20程度と伸び悩み、フォロワー数の増やし方への悩みを吐露していたが、2014年12月の時点で公式アカウントを削除してしまう。 2016年、翌年2017年2月より行われるブルース・スプリングスティーンのライブツアーに同行する形で、再結成ライブを行うことが発表された。
アルバム『シャイン・オン』
アルバム『シャカ・ロック』
一度目の解散、その後の活動
再結成
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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