ジェット・リー
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その『新・少林寺伝説』で共演した子役シー・ミャオ(中国語版)を再び息子役にしてガンアクションを取り入れた父子物の『D&D 完全黙秘(中国語版)』(1995年)では潜入秘密公安捜査官を演じ[1][3]ブルース・ウィリス主演の『ダイ・ハード』(1988年)をパロディ化したような『ハイリスク(中国語版)』(1995年)ではジャッキー・チュンジャッキー・チェンを模したスター「フランキー」役)を相手にしたコメディ演技にも挑戦した[3][9]。翌年には、普段は図書館勤務の堅物青年で実は人体改造手術を受けているスーパー・ヒーロー青年の活躍を描いたSF風の『ブラック・マスク(中国語版)』(1996年)や[16][17]、香港版の「インディアナ・ジョーンズ」のような考古学者役を演じた『冒険王』(1996年)も発表するなど様々な作風を試みながら、世界的な視野を見据えた意欲的な活動をみせた[1][3][18][9]
ハリウッド映画界に進出

そうした活動がアメリカのリチャード・ドナー監督の目にとまって出演オファーが舞い込み、メル・ギブソン主演の人気シリーズ4作目『リーサル・ウェポン4』(1998年)でハリウッド映画デビューを果たし、同時にグローバルネームを英語名のジェット・リーと改めた[1][19][3]。初の悪役に挑戦した『リーサル・ウェポン4』で無敵の強さを持つ中国マフィアの殺し屋を好演し、主役の2人を食うほどの圧倒的な存在感を発揮したリーの元には[20][19][3]、それ以後様々な監督から出演依頼が殺到するようになった[1][2][3][21]。この頃、私生活では1999年に香港の女優ニナ・リーと再婚してカリフォルニア州に居を構えた[1][3]

人気R&B歌手のアリーヤと共演したハリウッド初の主演作『ロミオ・マスト・ダイ』(2000年)も大成功し[1][22][3]、125ものパラレルワールドに存在する善と悪の何役もあるSFアクションの話題作『ザ・ワン』(2001年)でも主役を演じダイナミックなカンフーを見せた[1][23][24]。フランスのリュック・ベッソン監督の『キス・オブ・ザ・ドラゴン』(2001年)では、リー自らが原案・企画をし、異国のパリで濡れ衣を着せられた中国麻薬捜査官の孤軍奮闘のアクションを見事に演じ[1][25][3]、ヨーロッパの格闘技チャンピオンのシリル・ラファエリを迎えての本格的な格闘シーンも見せ場となった[26]。ラッパーのDMXと共演した『ブラック・ダイヤモンド』(2003年)でも秘密警察官を好演し金網内での多数相手のデスマッチが注目されたリーは、世界的なアクション・スターに飛躍した[1][27]

中国のチャン・イーモウ監督の武侠映画『HERO』(2002年)では刺客「無名」を演じ、オープニング間もなく繰り広げられたドニー・イェンとの華麗な武術対決シーンが話題となった[1][28][29]。その後も、自身も製作に参加しモーガン・フリーマンと共演した『ダニー・ザ・ドッグ』(2005年)では、悪徳高利貸しにピアニストの母を殺され闘犬のように育てられた主人公「ダニー」の野性と繊細さを好演し、次第に人間らしさを取り戻していく難しい表現にも挑戦し成功を収めた[3][30]

しかし2004年12月に起きたインドネシアスマトラ島沖地震の際には、ちょうど家族とインドネシアにバカンスに来ていたリーは災害に巻き込まれてしまい、一時は行方不明と報道されて安否を危ぶまれたこともあった[3]。幸い怪我は軽傷で済んで無事にチャリティー・コンサートに出席しファンをほっとさせた[3]。翌2005年10月にも、インドへの聖地巡礼の旅の最中にパキスタン地震に遭遇する出来事もあったが、この地震では特に何の被害もなかった[3]

2006年には、実在の武術家「霍元甲」を演じた『SPIRIT』(2006年)を最後に武術映画から引退すると公言した[3][5]。「異種格闘技戦」のシーンでは中村獅童とも共演し死闘を好演した[3][31]。この映画で、香港映画評論学会大奨の主演男優賞を受賞した。『SPIRIT』の撮影後、リーは長く住んでいたカリフォルニアを離れ、家族とともに故郷の中国へ帰国し移住した[3]香港のアベニュー・オブ・スターズにあるジェット・リーの手形


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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