2003年1月にはテレビ朝日がシンエイ動画の10%の株式を取得し、資本提携する。2009年4月よりテレビ朝日がシンエイ動画の株式の大半を取得し、テレビ朝日の連結子会社になった[9]。岩永惠が新社長に、楠部が代表取締役会長へ就任した。2010年10月15日、楠部が保有する株式をテレビ朝日が追加取得したことによりテレビ朝日の100%子会社となった[10][注釈 4]。2002年からテレビ朝日がケーブルテレビ・スカパー!、スカパー!プレミアムサービス、他で展開する通信衛星テレビ放送局・「テレ朝チャンネル」で、シンエイ動画製作作品(初回放送時にテレ朝系列でない作品を含む。)を集中的に取り上げる「シンエイアニメシアター」という番組が毎日放映されている。
2009年11月には旧社屋の北西方向、東京都道5号新宿青梅線旧道(青梅街道)沿い(西東京市田無町3丁目)に青い塗装の新社屋を落成、入居を開始した。旧社屋はしばらく空きテナントとなっていたが、2011年(平成23年)に社会福祉法人檸檬会がビルを借り上げ、「レイモンドたなしほいくえん」に転用された。
2012年7月、代表取締役社長に梅澤道彦常務が昇格し就任した。また別紙博行専務が代表取締役専務に昇格した。梅澤社長は前任の岩永同様、テレビ朝日からの出向であった。
2015年、別紙が代表取締役を退任し梅澤が単独で代表取締役を務めた。
2016年にはアスミック・エース、トムス・エンタテインメント、ジェイアール東日本企画、住友商事と共にアニメ製作プロジェクトチーム「あにめのめ」を立ち上げる。シンエイ動画はトムスと共同でアニメ企画・制作を担当し、2018年の枠消滅まで『笑ゥせぇるすまんNEW』『からかい上手の高木さん』など5作品を手掛けた。
2017年4月、SynergySPを子会社化。同社の代表に元取締役・チーフプロデューサーの増子相二郎が就任した(2022年退任)[11]。
2018年からは企画開発部門を強化する。これまでテレビ朝日プロデューサーとして数多くのシンエイ動画作品に携わってきた杉山登を執行役員として招聘し、外部クリエイターや制作会社と提携してコンテンツを共同製作する体制を作る。2019年には81プロデュースとのコラボレーションによるYouTubeプロジェクト『What 声 You?』を立ち上げ、同プロジェクトを通して『アイドールズ!』に出演する新人声優を発掘した。また、2021年1月に放映されたストップモーション・アニメーション『PUI PUI モルカー』はスタッフの想定を超える反響を呼び、新たなIPビジネスの活性化に貢献した[12][13]。同年より、シンエイ動画が9月9日に創立45周年を迎えることを踏まえ、4月9日から1年間を45周年イヤーと位置づけると共に、旧東映動画→東映アニメーションのインスピレーションにより[要出典]社名とは別に「シンエイアニメーション」のロゴが採用された。
2021年11月、デジタル作画によるアニメーション制作需要に応えることを目的にギャザリングホールディングスと共同でデジタル作画スタジオを東京都中野区に設立することを発表した。スタジオの運営はギャザリングホールディングスの子会社であるレスプリが担当し、新規アニメーターの採用、育成は同社とシンエイ動画が共同で行う[14]。
2022年9月、関西圏での人材獲得並びに新人アニメーターの育成などを目的として兵庫県神戸市にスタジオを開設することが同年5月に神戸市から発表された。東京以外に拠点を置くのは、この事例が初めてとなる[15]。デジタル制作に特化したスタジオとして同年9月1日に開所式が行われ[16]、所長は『クレヨンしんちゃん』のチーフプロデューサーを務めた和田泰が就任した[17]。 シンエイ動画に改組してからの事実上の劇場デビュー作は、1980年(昭和55年)3月公開のドラえもん大長編シリーズ第1作『ドラえもん のび太の恐竜』である[注釈 5]。東宝の配給で同時上映は、『モスラ対ゴジラ』だった。東宝の番組ラインとしては、1978年まで学校の休み期間中に上映していたゴジラ映画と短編のテレビアニメ数本を上映する東宝チャンピオンまつりの流れを汲むもので[18]、当初は長編ではない予定だったが、原作者の藤子・F・不二雄から「僕の中では90分ないと映画とは呼べない」という要望を受けてオリジナルの新作長編映画として制作された[19][20]。以後、短編-中編の藤子作品の併映作と共に、毎年3月の春休み映画として『ドラえもん』の劇場版が上映されるようになった。1980年代に多く行われていた藤子アニメ三本立て興行は、1990年代以降、影を潜めた。しかし、『ザ・ドラえもんズ』といった30分の短編と大長編『ドラえもん』のセットは2004年まで続いた。映画『ドラえもん』大長編シリーズは、2005年(平成17年)からのテレビシリーズ全面リニューアルの影響でその年は作られず、2006年(平成18年)から再び上映されるようになった。これを機に、短編作品は作られなくなった。 一方、『クレヨンしんちゃん』に至っては『クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』が作られ、1993年夏に映画初登場を果たした。1994年以降は、毎年春にシリーズで上映されている。一貫して長編だが、第7作のみ12分のショートムービーオムニバスを併映している。 @media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}なお、1981年夏の『21エモン 宇宙へいらっしゃい!』と『ドラえもん ぼく、桃太郎のなんなのさ』の同時上映、2003年冬の『あたしンち』は、シリーズ上映の予定があったとされる。前者はシリーズ化されればドラえもんをサブに置き、他の作品をメインに上映する形になる予定であった。[要出典] これまでシンエイ動画制作の劇場アニメはテレビシリーズの映画化が中心だったが、2007年の『河童のクゥと夏休み』(監督: 原恵一)は改組後初めての劇場オリジナル作品となった。 CGの導入はかなり早く、1983年に特番『ドラえもん・ヨーロッパ鉄道の旅』で最初に使用し、翌1984年公開の映画『ドラえもん のび太の魔界大冒険』の予告編でもコンピューターを駆使して制作したと謳われた。この頃のCGは他社に外注の上で制作された。 1990年代に入ると、アニメーターの堤規至が『クレヨンしんちゃん』の特番用アバンタイトルにCGを取り入れ、やがて彼を中心にCGI班が立ち上がり、シンエイ動画社内でも制作されるようになった。 だが、1990年代後半から始まったアニメ業界のデジタル制作(デジタルペイント・デジタル撮影)化の波が押し寄せる中においても、仕上や撮影などの多くの作業を外注化していることから基本的にはセルアニメでの制作を堅持し続け、デジタル制作はあくまでも部分的使用に留まっていた。 2001年、外注スタジオのデジタル制作対応に伴い『ジャングルはいつもハレのちグゥ』でフルデジタル制作を本格的に開始。その流れに伴って2002年になってから他の作品もデジタルでの制作へと完全に移行した。 2005年4月以降は地上デジタル放送対応に伴い、全てのテレビ作品がハイビジョン制作されるようになったが、ローカルセールスだった『あたしンち』のみハイビジョン化が2006年4月8日まで持ち越しとなった。 Aプロダクション時代開始年放送期間タイトル備考
劇場作品
CG・デジタル制作
作品履歴
テレビアニメ
1965年8月 - 1967年6月オバケのQ太郎
1967年4月 - 1968年4月パーマン共同制作:スタジオ・ゼロ
7月 - 1968年12月コメットさん第1期(ドラマ)
実写合成
アニメ作画
1968年3月 - 1971年9月巨人の星
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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